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ワールド&インテリジェンス

ジャーナリスト・黒井文太郎のブログ/国際情勢、インテリジェンス関連、外交・安全保障、その他の雑感・・・(※諸般の事情により現在コメント表示は停止中です)

KGBの対日工作⑦

エージェントにファイルされても必ずしもスパイとは限らない

 本誌が入手したレフチェンコ・メモの内容は以上の通りである。インターネットの掲示板にもなかなか興味深い情報が出ているが、検証ができないのでここでは引用しない。本誌が以上の情報をあえて掲載したのは、これが公安警察の少なくとも一部から出た情報だということからである。
 ただし、念のために申し添えておきたいが、警察がこのようなメモを作っていたからといって、そこに掲載された人すべてがソ連の工作員だったということではない。
 たとえば、同メモには11人の実名が出ているが、三浦・テレ朝専務や堤・西部百貨店会長については、明確に「友好的人物」と位置づけられている。本人がKGBに協力しているという自覚がないままに、ただソ連大使館員と友好的に付き合っているだけの人物という意味である。
「無意識の協力者」に分類された人にも同じことがいえる。このメモでいえば、T(メモではカッコ付実名)読売新聞記者、上田・社会党議員、上田議員の秘書などである。彼らは当然ながら自分ではエージェントだと思っていないし、実際にエージェントともいえない。
 KGBに限らずどこの情報機関も、正式にリクルートしたエージェント以外に、このような「友好的人物」「無意識の協力者」を情報源あるいは「影響力のエージェント」として使っている。単に情報交換をする間柄だが、情報機関サイドはそれを工作と見なしていて、対象にコードネームをつけてファイルし、組織的に管理している。
 レフチェンコ・メモにはKGBの正規エージェントとして14人が挙げられている。うち、実名が断定されているのは山根・産経新聞記者だけである。
 だが、正式なエージェントとファイルされていても、それがどの程度の積極的なエージェントかというとケース・バイ・ケースであり、一概にはいえない。エージェントというと、組織の命令に絶対服従で、その指令に基づいてものすごい機密情報を盗み出すとか、あるいはその指令に基づいて積極的に偽情報工作を実行するといったイメージがあるが、ほんの少し便宜を図ってあげただけでも、組織側に「エージェント」とファイルされる可能性もあるからだ。
 とくに、ちょっとしたことの謝礼としてわずかでも現金や物品を受け取ったら、エージェントにファイルされる可能性が高い。そのため、こうした外国情報筋と日常的に接触し、情報交換している外交官や公安担当者、マスコミ記者などは、ある程度の情報交換はよしとしても、「カネは受け取らない」ことを心がけているはずである。
 山根記者をはじめ、このレフチェンコ・メモに登場する面々が実際にどのような役割をしていたのかはわからないが、彼らはなにも特別な存在ではなかった可能性もある。山根記者の場合も、スパイというよりは、単にニュースのネタ元としてソ連大使館員と接触していたのかもしれない。偽周恩来遺書を掴まされるなどの失策はあっただろうが、ソ連大使館員からネタを得るというのは、ジャーナリストなら誰にとっても魅力的な話だ。
 実際、日本の外交官、公安担当者、マスコミ記者のなかには、彼ら自身の日常的な職務である情報収集の一環として、外国情報筋と積極的に接触し、情報交換している人がいる。これらの職にある人で、ロシアや中国に太い情報源を持っているといわれている人は、当然ながら深い部分で情報交換をしているわけだから、かなり高い確率で、まず間違いなく向こうの情報機関に“勝手に”何らかのレベルでエージェントに分類され、怪しいコードネームでファイルされているはずである。それは「影響力のエージェント」の場合もあるし、「友好的人物」あるいは「無意識の協力者」の場合もある。
 KGB工作員とこうした〝エージェント〝の関係のなかには、おそらく両者が互いの利益のためにギリギリの情報交換をしているというケースが少なくないはずだ。金銭目的というよりも、「ロシアや中国の情報を得たい」というプロ意識、あるいは、それで「〝情報通〟として組織内で評価されたい」との動機でこうした危険な道に入る人もいるだろう。
 だが、だからといって、当然ながら彼らはスパイではない。同様に、レフチェンコ・メモに「正式エージェント」と記載されていたからといって、必ずスパイだったとは断定できない。たとえば、情報自体は日本の新聞に書いてあるような内容のことでも、それを政治家や官僚や記者などから「口頭で聞いて報告書にして本国に報告」することが、スパイ組織のなかでも「ちゃんと仕事をしている」として評価される。こうした構図では、単に「KGBスパイと会って、新聞に出ているような話をした」だけでKGBのファイルには〝エージェント〟として記録される。
 本誌も、彼らがスパイだったいうことではなく、KGB側にファイルされていたという事実をもって、ここにあえて実名を掲載した次第だ。

曖昧な「親ソ派」と「エージェント」

 このレフチェンコ・メモに「友好的人物」として登場する三浦甲子二・テレ朝専務や堤清二・西武百貨店会長、あるいは「意識的な協力者」として登場する石田博英・元労働相や勝間田清一・元社会党委員長などは、いずれももともと親ソ派の人物として知られていた。そういった意味では、彼らの立ち位置は秘密でも何でもなかったわけだ。
 こういう親ソ派の人物というのは、なにも彼らだけではない。91年11月、本誌編集長は冷戦時代の対日工作を牛耳っていたイワン・コワレンコ元ソ連共産党国際部副部長(元日本課長)にロング・インタビューを行なったことがあるが、そこでコワレンコ氏は、個人的に親しくしている日本側要人として、石田博英、勝間田清一、伊藤茂、三浦甲子二、杉森康二、堤清二といった人物の名前を挙げた。しかし、そこで名前が出るということ自体が、ソ連側の統制下にある秘密の〝スパイ〟ではなかったということではあるまいか。
 なお、コワレンコ氏はこのとき、それ以外にも、鳩山一郎、河野一郎、赤城宗徳、田中角栄、中川一郎(以上、自民党議員)、成田和巳、石橋正嗣、飛鳥田一雄(以上、社会党議員)、松前重義(東海大学総長)、池田大作(創価学会名誉会長)各氏の名前を挙げた。なかでも池田大作氏のことはベタ誉めだったが、いずれにせよ自民党の派閥領袖クラスを除けば(中川一郎議員はコワレンコ氏と三浦甲子二・テレ朝専務らを通じて深い付き合いがあった)、すでに親ソ派として知られている人物たちである。
 また、コワレンコ氏はその後、96年に手記『対日工作の回想』を日本で出版したが、そこでは右記以外の友人・知人として、土井たか子、五十嵐広三、高沢寅男、山本政弘、岡田春夫、岩垂寿喜男(以上、社会党議員)、岡田茂(東映社長)、柴野安三郎(札幌日ソ友好会館オーナー)、中村曜子(画廊「月光荘」経営者)、長谷川千恵子(画廊「日動画廊」経営者)、千田恒(元サンケイ新聞論説副委員長)、秦正流(元朝日新聞専務・編集局長・外報部長・モスクワ支局長)、白井久也(元朝日新聞モスクワ支局長)の各氏の名前が挙げられていた。
 彼らはいずれも大っぴらにソ連外務省、共産党国際部、あるいは駐日ソ連大使館と交際があったが、もちろんそれでスパイということにはならないだろう。レフチェンコ・メモに登場する〝エージェント〟の何人かも、コワレンコ氏が名前を挙げたこれらの人々とそれほど実態が違わないのではあるまいか。

スパイ「ミーシャ」(ナザール)は誰だ?

 ところで、レフチェンコ・メモやミトロヒン文書に登場する〝エージェント〟のなかで、もっとも興味を引かれるのが、「フェン・フォーキング」(ミトロヒン文書では「FEN」)なる人物である。
 レフチェンコ・メモには、その当時、「自民党員(自民党議員とは書かれていない)で、党内の一派閥に影響を及ぼし得る」と書かれている。自民党議員でなく、あえて自民党員と記載されているのであれば、議員でもないのに派閥に発言力があるという、なかなか特殊なポジションにいる人物ということになる。
 さらにミトロヒン文書によれば、彼は「田中角栄氏の側近」で「72年から接触がスタートし、75年頃にかなり進展がみられ、ついには正式なエージェントとして取り込まれた」人物とのことである。はたしてそれに当てはまる人物はいるのだろうか?
 さて、レフチェンコ・メモやミトロヒン文書に記載されていた(つまり、KGB側にエージェントとして登録されていた)からといって、本当にスパイだったとは限らない、と本稿では前述した。実際、レフチェンコ情報に基づいて誰かが逮捕・起訴されたか?といえば、そんなことはなかった。つまり、前述の警察白書にあるように、「犯罪として立証するに至らなかった」わけで、それはどういうことかというと、要するに「公務員が機密情報を漏洩」したことが確認されなかったということである。
 しかし、だからといって、いわゆるスパイ行為がまったくなかったのか?といえば、それもそんなことはなかったろう。ミトロヒン文書の記述をみると、「これはスパイ行為そのものではないか」というケースがいくつもある。
 たとえば、共同通信記者「ROY」(または「アレス」)。彼は金銭目的でKGBに情報を流し、さらにはKGBのために公安関係者「KHUN」(あるいは「シュバイク」)からネタを集めていた。公安に食い込んでいる記者というのは複数いるが、それをKGBに流すというのは、ほとんど犯罪的行為に近い。
(おそらく一部のエージェントに関して、KGB本部内の記録にはコードネームの変更があったようで、ミトロヒン文書とレフチェンコ・メモではコードネームが一致しないケースがある)
 ミトロヒン文書には読売新聞記者の「SEMIYON」という人物が、ハニートラップなどで陥れられて無理やりエージェントとなったと書かれている。これも本人の意思ではないにせよ、明らかなスパイ行為といえる(ただし、徴募の経緯が違うので、これはレフチェンコ・メモに登場する前出・T記者のことではないと推定できる)。
 民間人である記者の場合、よほどのことがなければ犯罪性は問えないだろうが、ミトロヒン文諸には多くの外交官のエージェントが登場する。外交官が機密情報を漏洩すれば明らかな犯罪だが、日本の捜査当局はそこまで立証できなかった。おそらくその多くで実名を把握できていないものと思われる。
 なかでも、70年代にもっとも重要な情報源として活動した外務省職員「RENGO」と「EMMA」。両者とも明らかなスパイとして活動している。
 外交官の場合、モスクワ勤務時代にハニートラップに引っ掛かり、そのままスパイ行為を強要されるケースも少なくないようだ。たとえば、「OVOD」という人物はなんと2回もハニートラップにかかっている。
 ハニートラップでスパイとなった人物で、これらのファイルからもっとも悪質な人物といえるのが、「MISHA」(あるいは「ナザール」)だろう。彼はモスクワでハニートラップにかかかった外務省の電信官だが、結局は金銭と引き換えに大量の外務省公電をKGBに流し続けた。ミトロヒン文書およびレフチェンコ・メモを通じて、もっとも日本に損害を与えたスパイといえる。
 犯罪行為としてはすでに時効となるのだろうし、本人もまだ生存しているのかどうかわからないが、ミトロヒン文書で新たな手がかりが浮上した今、その正体もやがて明らかにされるかもしれない。
(了)
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  1. 2007/07/13(金) 09:11:18|
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プロフィール

黒井文太郎

Author:黒井文太郎
 63年生まれ。『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、現在は軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(とくにイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。

 著書『ビンラディン抹殺指令』『アルカイダの全貌』『イスラムのテロリスト』『世界のテロと組織犯罪』『インテリジェンスの極意』『北朝鮮に備える軍事学』『紛争勃発』『日本の情報機関』『日本の防衛7つの論点』、編共著・企画制作『生物兵器テロ』『自衛隊戦略白書』『インテリジェンス戦争~対テロ時代の最新動向』『公安アンダーワールド』、劇画原作『実録・陸軍中野学校』『満州特務機関』等々。

 ニューヨーク、モスクワ、カイロに居住経験あり。紛争地域を中心に約70カ国を訪問し、約30カ国を取材している。




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