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ジャーナリスト・黒井文太郎のブログ/国際情勢、インテリジェンス関連、外交・安全保障、その他の雑感・・・(※諸般の事情により現在コメント表示は停止中です)

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オウムの生物テロ未遂の全貌

オウム裁判終結 遠藤被告の死刑確定へ 最高裁上告棄却(朝日新聞)
 未遂、というより計画失敗だったために事件化せず、裁判にならなかった生物兵器テロですが、そのためほとんど報道から除外されているので、拙共著『生物兵器テロ』から引用しておきます。
(以下引用)
 1995年3月20日に発生したオウム真理教(2000年2月にアレフに改称)による地下鉄サリン事件は、史上初の化学兵器テロという点で注目されたが、その後の捜査により、教団が生物兵器テロも実行し、失敗に終わっていたことが明らかになっている。
 オウムが生物兵器として開発してきた微生物はボツリヌス菌と炭疽菌だが、その他にもQ熱リッケチア、エボラ・ウイルス、毒キノコ胞子などを研究していた。とくにエボラに関しては、教団は92年10月頃より、松本教祖自らも参加する数十人の調査団(アフリカ救済ツアーと称し、慈善活動を偽装した)をザイール(現・コンゴ)に派遣しているが、ウイルス株の入手には失敗している。
 こうしたオウムの生物兵器開発の中心を担ったのは、オウム内の組織「厚生省」の責任者(大臣と呼ばれていた)だった遠藤誠一で、90年から95年にかけ、少なくとも9件の生物兵器テロ攻撃を試みた疑いがある。
 オウムの武装化計画は、政界進出を目指した90年2月の衆議院選挙で教団の候補者全員が落選した直後に始まり、その最初に手がつけられたのが生物兵器の開発だった。
 教祖・松本智津夫被告の第3回公判(96年5月)の検察側冒頭陳述によると、衆院選の敗北直後、松本は教団「法皇内庁」大臣の医師・中川智正からボツリヌス菌の毒素は人への殺傷効果が高いと聞いたことから、教団の生物兵器武装を決意。遠藤に対してボツリヌス菌の採取・分離を指示するとともに、教団「科学技術省」大臣の故・村井秀夫には、山梨県の上九一色村の教団施設内でボツリヌス菌の大量培養プラント設置に取り組ませた。熊本県波野村の教団施設では、動物実験も行われていた。
 また、96年12月の松本被告の公判に検察側証人として出廷した松本の元運転手・杉本繁郎は「90年と93年に、トラックを使ってボツリヌス菌などをまいた」と証言している。
 杉本の証言や各報道などによれば、最初の“生物テロ”が行れたのは、90年4月のこと。車両3台を使い、国会周辺などの東京中心部、横浜の市街地と横須賀の米軍基地周辺、成田空港周辺の3ヵ所にボツリヌス菌を撒いたのだという。
 これはまったく効果を表さなかったが、93年に再び生物テロを決行する。まずは、同年6月上旬に、皇太子の結婚パレードを標的としてボツリヌス菌を散布。さらには、同6月下旬と同7月上旬の2回、東京・亀有の教団東京総本部屋上から周囲の住宅地を狙って炭疽菌を散布した。さらに、同7月下旬の少なくとも2回、噴霧車両で国会周辺や皇居周辺をまわった。
 また、地下鉄サリン事件直前の95年3月15日には、地下鉄霞ヶ関駅でボツリヌス毒素噴霧装置に改造したアタッシェケース3つを放置、このうち1つから蒸気が噴出した。なお、このときは、アタッシェケースを調整した担当の信者のひとりが、自らのテロ行為に恐れて、わざと調整に失敗したとみられている。
 いずれにせよ、これらのボツリヌス毒素および炭疽菌によるテロによっては被害者は出ていない。その原因についてははっきりしたことはわかっていないが、有力な見方としては、
①遠藤が北海道・十勝川流域で採取してきたボツリヌス菌株そのものが弱かったか、あるいは毒性の低いタイプだった。
②入手経路不明の炭疽菌株については(おそらく医学研究者の在家信者を通じ、国内のどこかの大学の研究室から盗んだものとみられているが)、これも比較的毒性の弱いタイプのものだった。
③嫌気性のボツリヌス菌の取扱い技術が未熟だった。
④炭疽菌が適当にエアロゾル化(またはその安定化)できていなかった。
⑤噴霧装置に技術的問題があった、
などが指摘されている。
 なお、この炭疽菌については2000年10月、北アリゾナ大学のポール・ケイム教授が興味深い報告をしている。国立感染症研究所が新東京総本部の壁から検出した炭疽菌検体をケイム教授が分析したところ、菌株はワクチン研究用の非有毒株だったというのである。
 ケイム教授はその原因について(1)教団側が非有毒株と知らずに入手した(2)有毒株を使用する前のリハーサルだった(3)教団内の誰かが直前に非有毒株にすり替えた――などの可能性を挙げている。
 いずれにせよ、教団がかなり本格的に取り組んだ生物テロは、最終的に失敗し、その後の化学兵器テロ路線へのシフトチェンジが図られた。結局のところ、オウムの生物テロで被害者は出なかったが、炭疽菌株の入手ルートなど、まだまだ未解明の部分は残されている。
 とくに、亀有本部での炭疽菌兵器開発を指揮していた疑いのある上祐史浩幹部が現在、教団トップの地位にいるが(※02年の本書出版時点)、被害者の出なかった生物テロ事件は裁判の争点となっておらず、その真実は闇に葬られたままとなっている。
(※その後、上祐元幹部は当時、生物兵器製造を知っていたことを公表しているが、その件に関しては一切、刑事責任を問われていない)

バイオ・テロリスト=遠藤誠一のプロフィール

 1960年生まれ。帯広畜産大学畜産学部獣医学科を卒業後、京都大学大学院医学研究科で修士課程を修了。同大学ウイルス研究所に入所したが、学費滞納で除籍となる。学歴から分かるように、微生物学の専門家である。88年11月にオウム真理教に出家し、教団幹部=厚生省大臣となった。
 教祖・松本智津夫の指示により、90年2月頃よりボツリヌス菌の兵器化研究をスタートし、それがうまくいかないと、続いて炭疽菌兵器開発に乗り出した。化学班トップの土谷正実とのライバル関係から、生物兵器開発に奔走したが、結局は成功せず、教団の化学兵器武装化路線のあおりで教団内の地位が低下していった。
 上九一色村の教団施設の一画に、プレハブ施設「ジーヴァカ棟」(ジーヴァカは遠藤の教団名)を与えられていた。
 地下鉄サリン事件後の95年4月25日に逮捕。同5月2日に捜査当局が殺人予備容疑でオウム真理教施設に対する一斉家宅捜索を行った際には、ジーヴァカ棟から細菌培養器、冷凍乾燥機、高圧細菌濃縮器、電子顕微鏡などが発見されている。
(以上、引用)

 遠藤死刑囚は、死刑確定したのだから、生物兵器計画についてもすべて話してほしいと思います。

(追記)
 今回の報道を見ても感じるのですが、オウム死刑囚はいずれも世界有数のテロリストなのですが、テロ裁判であるという厳しさがあまり感じられません。遠藤死刑囚は「遠藤テロリスト」ですし、生物兵器開発に関わった元最高幹部は今では娑婆で仲間の指導者にまでなって暮らしていますが、私から見れば立派な「Jテロリスト」(いちおう娑婆暮らしなので、不本意ながら匿名)ですね。
 テロリストの特徴というのは、何かの理由で脅迫でもされて強制されたような例外を除き、ほとんどは自らの信念に基づいてテロリストの道に入った確信犯です。逮捕されたテロリストというのは、自らの聖戦に敗れた敗残兵ということになります。反省するのは結構ですが、生死のやりとりをするテロリストの道に入るというのは、それだけ強い信念が必要なんではないの・・・とアルカイダ・ウォッチャーの私などは思うわけです。
 赤軍なんかもそうですね。重信テロリストや小西テロリストの言動とか、なんか温くてガッカリです。

(追記2)
 まだアーレフにいる信者の人々は、「松本死刑囚」とかいうから「尊師」とかいう話になっちゃうので、これからは「松本テロリスト」と報道したらどうでしょう? 松本テロリストを指導者と呼ぶ集団って・・・テロ組織じゃん!
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  1. 2011/11/21(月) 13:15:24|
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プロフィール

黒井文太郎

Author:黒井文太郎
 63年生まれ。『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、現在は軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(とくにイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。

 著書『ビンラディン抹殺指令』『アルカイダの全貌』『イスラムのテロリスト』『世界のテロと組織犯罪』『インテリジェンスの極意』『北朝鮮に備える軍事学』『紛争勃発』『日本の情報機関』『日本の防衛7つの論点』、編共著・企画制作『生物兵器テロ』『自衛隊戦略白書』『インテリジェンス戦争~対テロ時代の最新動向』『公安アンダーワールド』、劇画原作『実録・陸軍中野学校』『満州特務機関』等々。

 ニューヨーク、モスクワ、カイロに居住経験あり。紛争地域を中心に約70カ国を訪問し、約30カ国を取材している。




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