拙著『北朝鮮に備える軍事学』の「あとがき」に書きましたが、軍事でも兵器とか戦術というものと違い、軍事戦略に関しては無数の考え方があって当然です。専門家の数だけアイデアがあり、これが「正解」というものはありません。軍事評論家の方々はもちろんそれぞれが持論というものを持っているのですが、みな基本的には「自分がいちばん正しい」と自負しているようです。それは当然といえば当然であり、さまざまな方が持論を展開し、論戦していくことが日本の軍事評論業界のレベルアップにも繋がることになるのでしょう。
でも、ホンネをいえば、あんまり「オレ様」ばかりでもなあ、というところはあります。あまりのオレ様ゆえに「××元帥」などと揶揄されている人も業界には実在します(でも、たしかに軍事評論家の先生方には読者を見下したような書き方をする人が多いですよね)。
だから、こういうことを書くのはどうかなあとちょっと思ったりもしたのですが、まあたまにはいいかなということで書いてみます。自衛隊の現地情報収集活動の私案です。
というのも、弊誌今月号で、イラク派遣先遣隊長だった佐藤正久さんにインタビューする機会がありました。ご苦労の数々をお聞きしてそれを批判する立場にありませんが、アラブ経験は私にもそれなりにあるので、お話を聞くうちに「自分だったらどうするかな」ということを自然に考えました。記事ではあくまで自分はインタビュアーなので、自分の意見というものを書きませんでしたが、ここに書き留めてみます。
さて、私がもしもイラク派遣部隊の指揮官だったなら、以下のような情報収集チームを編成します。
まず、2人1組の情報収集班を4~5個程度作ります。隊員にアラビア語能力は不要ですが、英語は堪能な人材を選抜します。そして、この情報収集班は各自別個に情報収集活動をさせます。現地でさまざまな人脈を築き、ムクタダ派や部族の情報などを集めるわけです。
この際のポイントは、各班が自衛隊内部でライバル関係にあることを装うということです。各班はそれぞれ他の自衛隊員の悪口を吹聴しまくり、自分たちが接触した相手と「他のヤツらを出し抜いて、俺たちだけでいい目をみようぜ」という共犯関係を作るのです。
自衛隊のイラク派遣部隊は敵を作らないために平等に接するということを基本的スタンスとしたようですが、それが通用したのはおそらくサマワがまだ比較的平和だったからだと私は思います。これが本当の戦場であれば、たぶんそうしたやり方では限界があると考えます。
私なら、互いにライバル関係にある地元勢力のそれぞれに、ライバル関係を装った自衛隊情報班をバラバラに接触させ、それぞれが小銭をバラ撒いて情報ルートを作ります。いいネタにはより高い金額が払われるようにするわけですが、資金の出所は自衛隊本部ということにします。それで、金額面での不満は情報班とネタ元たちで共有できます。
こうした場所での情報収集では、どうしても小銭目当てのガセネタが大量に持ち込まれますが、互いにライバル関係にあるネタ元を多数抱えていれば、「そのネタはガセだ!」と裏付ける情報も別ルートから入ってくるので、情報分析に役立つはずです。
また、イラク派遣部隊では通訳の選定に気を遣ったようですが、私の情報収集班は基本的に固定の通訳は使ってはいけません。イラクなら英語で充分にやり取りができます。情報をカネで集めている下っ端自衛官がいるという噂を聞きつければ、相手のほうがそこそこ英語のできる仲間を連れて接触してくるはずです。仲間でないイラク人がいる場では、誰も極秘情報は話してくれません。イラク人が警戒するのは自衛隊でもアメリカ軍でもなく、「他のイラク人」です。
このプランの最大のメリットは、資金の有効活用です。日本政府の莫大な資金を正攻法でばら撒くより、ちょっとした小銭をこうしたやり方で使ったほうが、こと情報収集だけに限ればですが、2ケタくらい小額で、より高い効果があると断言できます。
インテリジェンスのセオリーの基本に、心理学のミラー・イメージングの問題があります。相手も自分と同様の考え方をするということを無意識のうちに前提として考えてしまうことですが、自衛隊のイラク派遣部隊の性善説的なアプローチは、どうもこのミラー・イメージングの気配があるように思います。
私のアイデアはむしろ、イラク人のミラー・イメージングを利用しようということです。自分たちも仲間内で足の引っ張り合いをしているので、自衛隊の中も同じだろうと思わせるやり方です。そういうことをすると尊敬を得られないと考える人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。より「抜け目のない人間」が、どんな国でも一目置かれます。
ただ、以上のような作戦は、現場で濃密な人間関係を形成する方法なので、現場で感情的な行き違いあるいは金銭的動機に基づく犯罪行為により、末端レベルでのトラブルを発生させる危険性があります。大きな危険を避けるために、小さな危険を冒すわけですが、したがってサマワ程度の危険度なら、自衛隊の方式のほうが無難だということは言えるかもしれません。私のプランは、もっと危険なホンモノの戦場に派遣される場合を想定しての話になります。
ところで、佐藤さんは海外での活動に対応できる自衛隊員の養成のため、「大使館よりも商社に出向させるのがいいのではないか」との意見をおっしゃっておりました。まったく同感です。
ただ、付け加えるなら、大手商社に出向するより、現地法人の小規模な商社に出向するか、あるいはむしろ自前で商売をやってみるのがいいのではないかと思います。
私は80年代前半より海外をブラブラするようになって、商社系の人たちもたくさん見てきましたが、大手商社の人は最近はもうあまり自分たちでは非合法スレスレの泥臭い動きはしなくなってきています。そういうことを代行するコンサルタントが現地人にいるので、そういう人をパートナーとして契約するわけですね。
ふた昔前くらいは、中南米とか東南アジアには得体の知れない日本人がたくさんいて、たとえば大手商社の名刺を持った現地契約の日本人で、正規のライセンスを持ってピストルを腰に差しているような人が何人もいましたが、そういう人はどんどん少なくなってきています。
日本では、海外情報に関していまだに商社幻想がありますが、現在の日本の総合商社は、テロリストだとか犯罪組織だとか、あるいは現地の軍や警察の闇商売だとかいった、裏の世界の情報ネットワークからはかなり距離のある存在になっているように見えます。
私が実情をそれなりに知っているマスコミの特派員の世界もそうで、大手マスコミの特派員は、あまり裏社会のことを知りません。問題行動を起こしてトラブルになってはいけないので当たり前ですが、何をやって食べているのかよくわからないような現地在住のフリーランスの人のほうが圧倒的に詳しかったりします。
現地情報隊の隊員から若手を5人くらい選抜し、150万円くらいの資本金を与えてベイルート、イスタンブール、カラチ、カブール、ナイロビ、プノンペンあたりで商売をやらせてみてはどうでしょうか。その間、給料の支出を停止しちゃえば、より本気になって取り組むと思うのですが、もちろんそんなことは無理なんでしょう。
でも、以上は決して冗談ではなく、私が経験則から考えたマジなアイデアです。もしも防衛省の方で、何かの間違いで当ブログにたどり着いてしまった方がいらっしゃったら、ぜひ「オレ様」の意見を参考にしていただければと思います。
(こういうことを書くと、気をつけたつもりでもやっぱりオレ様な文章になってしまいますね。どうもすみません)
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- 2007/03/10(土) 18:52:41|
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黒井先生のブログ一通り読み終えました(喜)!それで、振り返って見てこれと思ったので、余計な事ですがイラク・中東情報収集方法の代案を生意気に出さして貰います。
情報収集といっても例えば極めて特定の限られた地域の短期的治安情報なのか、もしくは中東全体かある国の中長期的なものなのか、つまりどういうレベルのどういった「精度」のものかという問題があります。
黒井先生案は無意識にか前者に特化していますが、前者も後者も、いずれにしてもやはり地元民の中に警戒心を持つものも出るだろうという想定をすると現地で制服の自衛隊員が直接的にやるものは限界があります。
そこで、私が常々考えていた事はパレスチナ人を日本の情報収集活動に一役買わせる事が出来ないかという事。
どういう事か。パレスチナ人は歴史的経緯から彼らはレバノン、シリア、ヨルダン、イスラエル、同国占領地ヨルダン川西岸とガザ、イラク、クウェート、サウジ、湾岸諸国などに散らばっています。
そして、アラブ人の中でも教育レベルが高い。パレスチナには石油は出ませんが「情報の油田」がある。
もし、彼らの持つ情報を日本が「吸い上げる」事が出来れば日本の中東における情報力は中露はおろか、英米やイスラエルを凌駕するものになる。
それでどうするか。もともと日本政府はパレスチナ人に長年多額な援助をして「タダ飯」食わせている。
http://www.haaretz.com/hasen/spages/892596.html今後、日本の対パレスチナ援助は「情報提供料」という位置付けをする。良質の情報がなければ援助を全面的にストップする事をちらつかせてパレスチナ情報省にイラクやシリアでヒューミントで情報収集させる。
ここでポイントはイスラエルと利害対立しない事。
もう一方で日本の中東公開情報収集センターをヨルダンのアンマンに設置し、アラブ各国の地方紙に至るまでの新聞、雑誌、インターネット、ラジオ、テレビなどを、「大卒で仕事が見つからない西岸のパレスチナ人」に逐次英訳させる。これは失業対策にもなるし、日本人アラビア語専門家を使うよりも人件費がはるかに安くつく。
この、センターには研修などをして日本から情報分析官やアラビストを頻繁に出入りさせる事により、「学習センター」にもなる。ここでのポイントは「公開」である。
前者と後者の両方ともヨルダン国王の承認、もしくは黙認が必要であるが、日本とヨルダン、パレスチナ自治政府の関係からすると無理な話ではないと思います。
- URL |
- 2007/08/14(火) 02:22:25 |
- NK #HfMzn2gY
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