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ワールド&インテリジェンス

ジャーナリスト・黒井文太郎のブログ/国際情勢、インテリジェンス関連、外交・安全保障、その他の雑感・・・(※諸般の事情により現在コメント表示は停止中です)

アメリカ情報機関はこの10年、ビンラディンをどう追っていたのか

 世界最強のアメリカ情報機関でも、ビンラディンの所在を掴むまでに10年の年月を要しました。では、この間、アメリカ情報機関はいったいどのようにしてビンラディンを追っていたのでしょうか?
 その水面下の攻防を、09年1月に出版した『インテリジェンス戦争 対テロ時代の最新動向』(大和書房/解説・佐藤優/編・黒井文太郎)に収めた「テロリスト・ハンターたちの実像 米情報機関VSアルカイダ」という拙稿で詳述しました。その冒頭の一部を以下に転載します。

テロリスト狩りの2つの戦線

 9・11テロ以降、アメリカの強大な情報機関は国際テロ組織「アルカイダ」の追跡に全力を挙げている。実際、多数のテロリスト容疑者が逮捕または殺害されているうえ、さらにはいくつものテロ計画が未然に摘発された。
 それなりに成果を上げているようにも見えるが、その一方では、パキスタンのアフガン国境エリアに潜伏中と目されているアルカイダの首領ウサマ・ビンラディンや副官アイマン・ザワヒリをいまだに捕捉できていない。その意味では、米情報機関は対テロ戦で成功を収めたとは言えない。
 では、米情報機関のテロリスト・ハンターたちは、どのようにして敵を追跡しているのだろうか?
 実際のところ、テロリスト追跡といっても、大きく分けて2つのフィールドがある。1つはまさにビンラディンやザワヒリの追跡があてはまるが、アフガニスタン=パキスタン国境の山中やイラクの戦場などで、いわば軍事作戦の一環として〝敵〟を捜索するものである。これに携わるメイン・プレイヤーは、軍の特殊部隊・偵察部隊とCIAの準軍事チームとなる。
 もう1つの〝戦線〟は、世界各地に潜伏するテロリストの人脈をあぶり出し、新たなテロ計画を未然に防ぐということである。こちらは軍事作戦とはまったく違い、それこそインテリジェンス活動そのものということになる。ヒューミント(=ヒューマン・インテリジェンス=人的情報活動)やシギント(シグナルズ・インテリジェンス=信号情報活動)の情報機関がその主役を担う。
 この2つは、同じテロリスト追跡といっても手法がまったく異なる。そこでまずは、米インテリジェンス機関による世界全体でのテロリスト容疑者の追跡とテロ計画の摘発、ということから見ていきたい。
 じつは、テロ組織内部の情報源獲得工作による情報収集(=ヒューミント)が機能したという例はきわめて少ない。拘束されたテロリストの供述や、押収したパソコンのデータから情報を掴んだ例は多いが、それは情報活動による成果とはまったく別のものだ。
 この局面での主力部隊は、なんといっても通信傍受を含む信号情報収集・分析(=シギント)の専門機関である。

テロリストの通信傍受を統括するNSA

 アメリカの情報機関のなかで、国際テロ組織関連のシギントを統括しているのは、国防総省所管の「国家安全保障局」(NSA)である。アフガニスタンやイラクなど最前線の偵察部隊はともかく、海外の米軍基地に駐留するシギント機関などはほとんど、その活動をNSAにコーディネートされている。各軍のシギント部隊の要員の多くは、事実上はNSAのオペレーションに組み込まれていると言っていい。
 NSAは世界中の信号傍受基地、シギント艦艇、シギント偵察機、シギント衛星、地上部隊のシギント要員などを駆使し、ありとあらゆる電波信号を傍受している。NSAがいくつかの同盟国と世界盗聴システム「エシュロン」を共同運用していることはすでに広く知られているとおりだ。
 NSAとエシュロンは、そもそも冷戦時代にソ連を標的に構築されたシステムだったが、現在、その全力を挙げてイスラム過激派のテロ細胞たちの通信を盗聴している。
 では、実際の通信傍受のしくみはどうなっているのか?
 現状を見ると、アルカイダのテロリストたちのほとんどは、アフガニスタン=パキスタン国境エリアの山中に隠れているか、もしくは中東やヨーロッパなどの都市部・村落部に潜伏している。
 アフガン=パキスタン国境の場合、アルカイダがいるような辺境の地では、地上の有線電話回線が普及していないため、通信は携帯電話(メールを含む)や無線を使うということになる。携帯電話の場合、空中を飛ぶ電波信号を直接、地上の傍受基地、あるいはシギント衛星、シギント偵察機などで傍受するか、あるいはいったん衛星回線に乗ったものを同様の方法で傍受することになる。
 無線通信に関しては、電離層を突き抜ける波長ならやはりシギント衛星あるいは上空に遊弋するシギント偵察機が、電離層で反射する波長なら地上のシギント・ステーション、あるいは地上展開のシギント部隊などでも傍受できる。
 なお、アルカイダはアメリカの傍受能力を充分認識しているので、無線が使われるとしても、せいぜい微弱電波による近距離用無線などとなるはずだ。現在のシギント衛星の能力なら、はるか宇宙から地上で発信されるかなり微弱な信号電波を探知できるが、より確かなシギントを行なうため、アメリカ側はしばしば偵察機を飛ばしたり、地上シギント要員を展開したりして電波傍受にあたっている。アルカイダやタリバンに対しては、通信内容もさることながら、発信地点を逆探知するだけでも、敵の位置を割り出すことになり、軍事的価値は計り知れない。
 一方、中東やヨーロッパに潜伏するテロリストたちの場合は、逆に一般の無線機を使うことはあまり考えられず、携帯電話か固定電話がメインになると思われる。一般回線でも、主要都市間を中継する衛星回線やマイクロ波回線はやはり捕捉されやすい。とくに、エシュロンの地上ステーションは、ほとんどすべての民間通信衛星を漏れなく傍受していると思われる。
 マイクロ波通信については、おそらく中継塔のアンテナからの〝漏れ電波〟をシギント衛星でキャッチする方法と、各国の米英両国の大使館・領事館あるいは駐留軍の大都市圏での施設などに設置した傍受危機で捕捉する方法がとられている。とくに後者は、各国の長距離通信幹線であるマイクロ波通信は、ほとんどが大都市圏に向けて張り巡らされているため、大使館や領事館はまさに絶妙の位置にあるケースが多い。

さまざまな盗聴の技術

 近年、国際通信も海底光ファイバー・ケーブルを経由することが多くなってきたが、NSAはかなり早い段階から光ファイバー・ケーブルをタッピング(傍受)する研究を進めてきた。アナログ回線に比べて、光ファイバー・ケーブルが盗聴しづらいのは確かだが、NSAはおそらくすでにその盗聴技術を完成させているだろうと見る専門家は多い。
 アメリカ海軍はすでに、海底光ファイバー・ケーブルのタッピング工作にも充てられるとみられるシーウルフ級攻撃型原潜「ジミー・カーター」を2005年2月に完成させている。
 では、地上の一般有線回線の場合はどうか?というと、たとえばイギリスのようなエシュロン運用国では、自国の通信網の主要長距離回線をエシュロンに組み込んでおり、その情報はアメリカにも共有されている可能性が非常に高い。アメリカでも、いくつかの大手電話会社がNSAの通信傍受に協力してきた疑いが報じられている。たとえば、『ニューズウイーク』2006年5月15日発売号によると、アメリカ最大手通信会社AT&Tの元従業員が「2003年前半に同社のサンフランシスコ支社内にNSA専用ルームが極秘に設置され、通信傍受を行なっていた」「同様の施設を米西海岸の複数の支社内で見かけた」などと証言しているとのことだ。
 また、通信内容の傍受までしていたのかどうかは不明だが、2006年5月11日付『USAトゥデイ』は、「NSAが9・11テロ以後に、AT&T社、ベル・サウス社、べライゾン社の大手米通信3社に膨大な量の通信記録を提出させ、数十億件に及ぶデータベースを作成していた」と報じ、米政府もそれを事実上認めた。米大手通信会社とNSAの深い関係は前々から噂されてきたものではあるが、それがどうやら事実らしいことがこうしたことからも裏付けられた格好だ。
 一方、フランスやイタリアをはじめ、他の国でも通信傍受はかなり行なわれている形跡があるが、その情報が他国に共有されるということはちょっと考えにくい。世界的な規模といった点からも、エシュロンはやはり突出した存在といっていいだろう。
 また、現地国では明らかに犯罪になるが、電話局やメインの交換局に盗聴機器を取り付けることも有効である。国柄によってはそのための電話局職員の買収もそれほど難しくないところもある。
 もっとも、こうした特定対象を絞り込んだ〝盗聴〟工作は、NSAのエシュロンのネットワークというよりは、CIAの「国家秘密工作本部」主導の秘密工作になる。これらの共同作戦のため、CIA国家秘密工作本部のテロ対策センターには「技術作戦部」が、NSAのシギント本部には「特別収集部」というセクションがそれぞれ設置されている。いずれにせよエシュロンは世界すべての通信ネットワークを捕捉しているわけではなく、あくまでメインは衛星通信で、続いて携帯電話や長距離回線のマイクロ波通信の一部、大陸間光ファバー・ケーブル通信の一部、エシュロン運用国の国内通信網の一部を対象としている。
 ちなみに、現代の超ハイテク・スパイ機器を使えば、建物の窓や壁を通して内部の音声を捉えることや、コンピューターのディスプレイなどから発せられる微弱電波をキャッチし、その出力データを読みとってしまうこと(=テンペスト技術)などもある程度は可能だが、それほど大掛かりな作戦は、よほどのケースにかぎられるだろう。
 また、標的に〝盗聴器〟を仕込む場合、友好国ならば現地の情報機関に依頼することが一般的だが、先方がどうも信用できないとか、あまり協力的でないとか、あるいはバレたときのダメージが大きすぎるなどとかのケースでは、アメリカ側のシギント要員が直接潜入し、盗聴工作を行なうこともあり得る。
 フセイン時代のイラクのような非友好国の場合、国連の査察団にアメリカ情報機関の特別チーム(おそらくCIAとNSAの混成チーム)が潜入して盗聴工作を行なったこともあった。ただし、現在の対テロ戦の状況では、よほどの反米国家でなければ、潜伏中のアルカイダ・メンバーに対する盗聴への協力を拒否することは考えにくい。
 なお、前出『ニューズウイーク』2006年5月15日発売号には、98年の在アフリカ米国大使館同時爆破テロの容疑者が供述したイエメン国内のアルカイダ秘密拠点の電話をNSAが盗聴し、そこから重要な情報を入手したことや、やはりNSAがアフガニスタン国内の特定の公衆電話を監視下に置き、9・11テロ前日に極めて重要な通信を傍受していた例などが引用されている。いずれもピンポイントの盗聴のようだが、これらの工作がNSAのみで行なわれたのかどうか、あるいは具体的にどのような盗聴方法がとられたのかどうか、などは一切明らかになっていない。
(一部転載終わり)

 と、冒頭はもっぱらシギントに関して記述しています。
 この項はその後、小見出しを拾うと「問題は翻訳能力の限界」「戦場で有効な近接シギント」「報道で盗聴を知ったビンラディン」「対テロ戦の司令塔=テロ対策センター」「明かされたCIA極秘作戦の顛末」「特命チームにエキスパートをスカウト」「殺害されたCIAチームのメンバー」「米本土から遠隔操作される武装プレデター」「テロリスト追跡の専門タスクフォース」と続けています。

 また、別項では「北朝鮮を監視する諜報システム」「インテリジェンスの世界制覇を目指すCIA」というレポートも書いています。とにかくアメリカの諜報活動の実態について、あれこれまとめてみたわけです。
 ということで、興味を持っていただいた方は『インテリジェンス戦争 対テロ時代の最新動向』を是非どうぞ(⇒アマゾン)。
 ちなみに、同書の他の項と執筆者はこちら
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  1. 2011/05/04(水) 23:06:48|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

コメントが何回かブロックされましたがどうしたのでしょう?
  1. URL |
  2. 2011/05/05(木) 00:28:08 |
  3. 道楽Q #-
  4. [ 編集]

申し訳ありません。よくわかりません。当方でとくに不具合は発生していないのですが。アダルト業者の迷惑コメント排除のため、いくつか禁止キーワードを設定しておりますので、偶然語句の一部がそれに引っ掛かると書き込みできない可能性があります。
  1. URL |
  2. 2011/05/05(木) 10:19:24 |
  3. 黒井文太郎 #-
  4. [ 編集]

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プロフィール

黒井文太郎

Author:黒井文太郎
 63年生まれ。『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、現在は軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(とくにイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。

 著書『ビンラディン抹殺指令』『アルカイダの全貌』『イスラムのテロリスト』『世界のテロと組織犯罪』『インテリジェンスの極意』『北朝鮮に備える軍事学』『紛争勃発』『日本の情報機関』『日本の防衛7つの論点』、編共著・企画制作『生物兵器テロ』『自衛隊戦略白書』『インテリジェンス戦争~対テロ時代の最新動向』『公安アンダーワールド』、劇画原作『実録・陸軍中野学校』『満州特務機関』等々。

 ニューヨーク、モスクワ、カイロに居住経験あり。紛争地域を中心に約70カ国を訪問し、約30カ国を取材している。




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