ワールド&インテリジェンス

ジャーナリスト・黒井文太郎のブログ/国際情勢、インテリジェンス関連、外交・安全保障、その他の雑感・・・(※諸般の事情により現在コメント表示は停止中です)

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リトビネンコ暗殺事件について

 一時期、元ロシア情報機関員のアレクサンドル・リトビネンコが放射性物質を盛られて毒殺された事件が日本でも大きく報道されていた。それについては弊誌第4号でも触れたが、かつてロシアに住んでいたことのある経験から、あまり日本の報道で指摘されていない点をひとつ述べてみたい。
 ロシアでは、たいていの事件の裏にカネが関わっている。これは共産主義時代からのことで、表向きはイデオロギーがどうのとか政治的にどうのということが言われるが、その裏はほとんどがカネの取り合いになっていたことが多かった。冷戦末期からはそれに拍車がかかり、とくにエリツィン時代のロシアは法治国家ではなく、カネと暴力がすべてだったといって過言ではない。
 そんなエリツィン時代に、権勢を極めたのが、べレゾフスキーを頂点とする政商たちである。政商というと単なる利権商人のようなイメージがあるが、90年代のべレゾフスキーの存在は、それよりもはるかに強大なもので、ロシアを牛耳っていたマフィアのそのまた頂点にいたも同然だった。
 リトビネンコは当時、FSBの組織犯罪対策部門にいたとのことだが、当時のロシアでは、FSBも警察も軍も、マフィアと同義で、その主流派はすべてべレゾフスキーを中心とする新興財閥のカネに群がっていた。
 プーチンは大統領に就任した後、べレゾフスキーらの排除に乗り出したが、これは要するに、新興財閥やその系列のマフィアが牛耳っていたロシアの裏権力を、FSBを中心とする旧KGB人脈が奪取したという権力闘争だった。
 プーチン大統領の強権的な政治手法は西側のメディアでは非常に評判が悪いが、ロシア国内では依然、国民から高い支持を受けている。なぜか。
 当局がメディアを支配下に置いているため、政権に都合よく情報統制されているからだとの見方があるが、私はそうは思わない。共産党独裁政権やマフィア支配の厳しい時代を生きぬいてきたロシアの国民は、それほど単純な人々ではない。情報を見る眼は大方の西側の国民よりもはるかにしっかりしていると思う。
 彼らがプーチン政権を支持する最大の理由は、べレゾフスキーやマフィアをやっつけてくれたからだ。旧KGB勢力を中心とするプーチン政権は必ずしもフェアな民主政治をしているというわけではないが、あのメチャクチャだったべレゾフスキーらに比べれば100倍もマシなのである。
 しかも、プーチンは政治的に強権的ではあるが、エリツィンと違い、取り巻きが国家を私物化するのを黙認していない。ロシア国民の大多数はそんなわけで、プーチンの独裁権力を必要悪として、ある程度認めているのだ。要は「他のヤツよりはずっとマシ」ということである。

 プーチンの対チェチェン強硬路線にも西側では批判の声が少なくないが、ロシアではこれも国民の高い支持を得ている。なぜか。
 ロシアでは、チェチェンの武装勢力がイコールでチェチェン・マフィアと認識されているからだ。大方の西側の報道では、「強圧的なロシア軍がチェチェンを蹂躙し、レジスタンスと戦っている」というようなイメージだが、実際のところロシア国民にとって、チェチェン武装勢力はレジスタンスではなく、ヤクザ集団にほかならない。
 90年代前半にモスクワに暮らした筆者の実感からしても、当時のチェチェン・マフィアの無法ぶりはあまりにも酷かったから、そのロシア市民の感覚は理解できる。実際、チェチェンのイスラム武装勢力の有力者のほとんどはヤクザそのものであり、そうした現実を背景に、ロシア社会には「チェチェン人に対する差別」が存在する。まじめに生きているチェチェン人には気の毒な話だが、その責任の大半はチェチェンのヤクザたちにある。
 私はここでどちらが正しいかということを言いたいのではなく、ロシア国民のあまりオモテに出てこないホンネを指摘したいだけだ。
 だが、これらの視点はなぜか日本のメディアにはあまり紹介されない。暗殺されたポリトコフスカヤ記者は、ロシア軍やFSBの非道ぶりを告発していたことで有名な記者だったが、じつは同時に、チェチェン武装勢力のヤクザぶりも厳しく糾弾していた。それが、なぜか日本では「チェチェン武装勢力の味方」のようなイメージで報じられているのである。

 前置きが長くなったが、こうした事情を理解しないと、リトビネンコ事件の背景もわからないのではないか。
 リトビネンコは、明らかにべレゾフスキーらロシア人ヤクザの一味である、とロシアでは考えられている。権力と戦う正義の人、とは誰も考えていない。ロンドンをベースに闇商売で荒稼ぎしているべレゾフスキーや、チェチェン・グループのザカーエフの手下のようなもので、プーチン政権批判の言動も、当然ながらべレゾフスキーらと連携したものだ。その内容たるやトンデモ陰謀論の類であり、ロシアでは誰もまともに相手にしていない。つまり、リトビネンコ暗殺事件は、西側で報じられているような、「強権的な権力が正義の告白者を処刑した」というような単純な構図ではまずないだろうと思われるのだ。
 今回、このようにかなり一方的に書いた。もちろんメディアに報じられている以上の情報は私にもなく、事件の真相はわからないのだが、あまりにも日本のメディア報道が単純化されすぎているので、あえて逆の見方を書いた次第である。

 ところで、プーチン大統領がその豪腕ゆえに支持を得ていると書いたが、イラクの場合、サダム・フセインにそれは当てはまらないだろう。
 昨日、某番組でサダム処刑の特集をやっていたが、コメンテーターの方が「ああいうバラバラな国をまとめるにはサダム・フセインのような強い指導者が求められた」「その意味では功績もあった」というような発言をしていたが、まったく違うと思う。
 サダムは自身の権力欲のために独裁権力を掴み、多くのイラク国民を殺害したうえ、ほとんどのイラク国民と近隣のイランやクウエートの国民にも不幸をもたらした。功績などひとつもない。イラク側に引き渡されれば処刑されるのが当然の人物である。
「公開処刑のようなかたちでひどい」というような発言もあったが、なんだかなあと思う。
 
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  1. 2007/01/07(日) 14:08:27|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
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コメント

プーチンの評価は日本でも割れていますね。KGB出身の大統領ということのみクローズアップされ、周辺を治安機関出身者で固めているとか、ソ連邦復活を目指しているとかいわれていますが、一方で腐りきった官僚政治を打破し祖国を蝕むオリガークたちと戦う政治家だとも言われます。
最近のCIS諸国で起こっている政変をプーチンがどう考えているか、自由経済を推し進め且つ中国の二の舞にならない自信があるのか、興味深いです。
  1. URL |
  2. 2007/01/08(月) 00:20:40 |
  3. sin #-
  4. [ 編集]

 つい先日も某テレビで「プーチンはロシアを再び大国化しようとしている」「それで国民的支持がある」というような解説がなされていました。
 そういうこともあるかもしれませんが、ロシア市民感覚でいえば、なんといっても「マフィア放逐」が人気の理由です。とくに、かつてのチェチェン・マフィアやべレゾフスキーの取り巻き連中はホントに酷かったですからね。
 まあ、プーチンはその点、人物としてマジメだということです。そういう権力者はロシアでは珍しいので人気があるのでしょう。難しい話よりも、そんなところを国民は見ているのではないでしょうか。
  1. URL |
  2. 2007/01/09(火) 13:48:31 |
  3. 黒井文太郎 #-
  4. [ 編集]

いずれにしても

おもしろい見解ありがとうございます。そうである部分が大多数だと思います。でも、ロシアは腐ってるみたいですね。ジャーナリストの暗殺がすごい数に上っています。国家の中枢部まで、金と権力の闇に包まれていることは事実だと思います。リトビネンコやべレゾフスキーは、権力闘争に敗れ都落ちが正しい表現だと思います。汚いことはしていたと思いますよ。かといってプーチンがきれいかというとそれは解りません。要は、取り巻きが変わったのではないでしょうか。KGB、軍関係は、国益よりも自分のために働いている組織だと思います。けど、どうして、日本人は、この問題に興味が無いのでしょう?不思議でなりません。
  1. URL |
  2. 2007/10/16(火) 16:13:13 |
  3. ポリシェ911 #sSHoJftA
  4. [ 編集]

こんにちは。

リトビネンコ事件に関する黒井さんの見方は実に的確だと思います。
特に日本では、プーチン=元KGB=独裁=反民主主義といった固定観念のもとで語られることが多いですね。
先月のNHKスペシャル『言論を支配せよ “プーチン帝国”とメディア』でも、プーチン批判の独立系新聞は民主的で正義であるといった最初から結論ありきの内容で、観ていて不快を感じました。

リトビネンコが殺されたとき、真っ先に浮かんだのがベレゾフスキーの顔と、彼の背後にいるネオコンやイギリスでした。第一、核の平和利用を推進しているプーチンが放射性物質のポロニウムを使うなど、どう考えてもおかしいですよね。明らかに米ロ接近を好ましく思わない連中のあからさまなメッセージでしょう。

日本のテレビや新聞の報道を観ていても、本当の世界の動きがわからないので不満がたまっていきます。そんな少ない情報の中でも自分なりに、点と点をつなげて線になるように、ものごとの本質をつかむ目を養っていけたらと思っています。


  1. URL |
  2. 2008/06/08(日) 14:01:43 |
  3. ロキ #-
  4. [ 編集]

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プロフィール

黒井文太郎

Author:黒井文太郎
 63年生まれ。『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、現在は軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(とくにイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。

 著書『ビンラディン抹殺指令』『アルカイダの全貌』『イスラムのテロリスト』『世界のテロと組織犯罪』『インテリジェンスの極意』『北朝鮮に備える軍事学』『紛争勃発』『日本の情報機関』『日本の防衛7つの論点』、編共著・企画制作『生物兵器テロ』『自衛隊戦略白書』『インテリジェンス戦争~対テロ時代の最新動向』『公安アンダーワールド』、劇画原作『実録・陸軍中野学校』『満州特務機関』等々。

 ニューヨーク、モスクワ、カイロに居住経験あり。紛争地域を中心に約70カ国を訪問し、約30カ国を取材している。




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