ワールド&インテリジェンス

ジャーナリスト・黒井文太郎のブログ/国際情勢、インテリジェンス関連、外交・安全保障、その他の雑感・・・(※諸般の事情により現在コメント表示は停止中です)

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戦場カメラマンという仕事その2

 前エントリーで紹介した『戦場カメラマンという仕事』をほぼ読了しました。さまざまな方がそれぞれの思いを語ったり書いたりしているのですが、みんなバラバラなところが逆に興味深かったです。誰が正しくて誰が間違っているということではないと思うのですが、考え方は人それぞれ、事情も人それぞれ、人生いろいろ・・・といったところでしょうか。
 私の場合も、おそらく私だけの考えだったのだろうと思うのですが、その点を少し書いてみます。
 まず、ある方が書いておられたのですが、「死にゆく人々をわざわざ撮影するのは、人間の死に対する冒涜であり、踏み込んではいけない領域であり、おぞましい行為だ」というのは、まったくもってそのとおりだと思います。このような感覚は、戦場カメラマンの多くの方が共有しているようで、他の方々にも「人の不幸をメシの種にする」とか「自分はハイエナだ」などと表現している方がいました。こういう感覚は私の見聞では、どちらかというと日本人に多い感覚で、「自分は正義だ」という自己主張でガンガン押してくる欧米人の記者やカメラマンには比較的少ないように思います。
 以前、ソマリアを紹介したエントリーに書きましたが、私はソマリアで餓死する子供たちを撮影しているときに、本当に嫌な気分になり、その後、海外取材をしばらくやめたことがあります。ただ、こうした後ろめたさというのは、最初の戦場取材のときから感じていました。
 というか、私の場合はそれ以前に、他人のことを勝手に撮影したり、取材して書いたりするという行為そのものが、そもそも何かを冒涜するような行為に感じていました。戦場取材でなくとも、たとえば「事件」取材などで、他人の人生の複雑な事情を、よく知らない他人が簡単に記事にしたりすることに違和感があったわけです。
 これはおそらく、私が記者としての最初の第一歩を、『FRIDAY』という写真週刊誌の編集者としてスタートしたことが関係しているのではないかと思います。私が配属された当時の同誌は、いわゆる「たけし事件」の直後で、同誌は日本中からバッシングされていました。なので、おそらくNHKや朝日新聞に就職した人とはまったく違う記者体験だったと思いますし、それゆえに取材・報道という行為に自問することが多かったように思います。
(もっとも、こうした自問をする機会を早くに得たことは、自分にとって良かったと考えています。また、そういった状況のなかで、いわゆる「プロ意識」のようなものを鍛えられたことにも、私は感謝しています。そのあたりのことは、簡単にひとことで書ききれないので、また機会があれば稿を改めたいと思います)

 いずれにせよ、それでも戦場カメラマンを目指したのは、現代史の現場を体験したいという、単純な好奇心でした。世界では今どんなことが起きているのか、どのような力がどのように働いて世界は動いているのか、そういうことに夢中になったということだったのだろうと思います。
 それは20歳から始めたバックパッカー旅行の延長でした。そして、私が世界を旅した80年代半ばというのは、アメリカのレーガン政権と、ソ連のアンドロポフ/チェルネンコ政権による冷戦の真っ只中で、世界はアメリカとソ連の角逐で動いていました。私が実際に戦場カメラマンを始めた頃はすでにゴルバチョフのペレストロイカが始まっていたのですが、とりあえず私は東西代理戦争である辺境の内戦を取材してまわり、同時にまずはアメリカ、次いでソ連に居住してみました。冷戦構造が急速に緩みつつある時代に、これからの世界はどう動くかといったことを同時代人として皮膚感覚で体感したいと考えていたのだと思います。
 人の不幸を探して歩く戦場カメラマンは精神的にもハードな行為でしたが、前述したような後ろめたさは感じていながら、戦争の最前線を知りたいという気持ちは常に持っていて、それに従って行動していました。実際には最前線に到達するのは技術的にかなり難しいことで、なんとか到達しても都合よくその時点で戦闘が行われていることはめったにないので、なかなか戦闘場面に出くわすことはありません。思い返すと、行きたくてもアクセス・ルートを突破できずに最後の前線まで到達できなかったことはありましたが、危険だとの理由で途中で前進を躊躇したことは一度もありませんでした。戦争の最前線は、最後の100メートルが生死の分かれ目のようなところがあるのですが、最終ラインまで前進することで運悪く死ぬことになっても、それはしかたのないことだと考えていました。
 29歳でボスニアでその最前線を体験し、自身が負傷して死の恐怖をリアルに感じたことと、それから3ヶ月後に再開した戦場取材において、ソマリアで圧倒的な飢餓地獄を目の前にしたことで、私は急速に戦場取材への意欲を失いました。それはおそらく戦場の最前線という「ずっと見たかった世界」に到達してしまった喪失感と、飢餓地獄という「自分の理解を超える圧倒的な現実」に遭遇した敗北感だったのだろうと、今になって考えるとそう思えます。その後、34才まで何度か紛争地取材は続けたのですが、その間の取材はなんとなく仕事として惰性でやっていたようなところがあります。
 私にとって戦場取材はやはりバックパッカーの延長のようなもので、それはいつかは引退すべきものでした。辺境の一人旅は若者を魅了してやまないですが、それをいつまでも続けるわけにはいかないものです。私にとっての戦場取材はそういうわけで、最初から最後まで個人的な「旅」であったのだと思います。
 ちょうど90年代半ばのその頃は、前にも書いたことがありますが、アフガン帰還兵を中核とするイスラム・テロが世界的な展開を見せ始めた時期でした。私はウサマ・ビンラディンという個人の名前はまだ知りませんでしたが、「冷戦終結で東西対立の構図が崩れた後の世界で、これからの対立軸の中心になるのはイスラムだ」との確信から、カイロに居住するなどしてイスラム・テロの取材・調査に没頭し、その流れでインテリジェンス研究の世界に足を踏み入れていきました。
 9・11テロやその後のアフガン戦争、その2年後のイラク戦争でも、現場を取材したいという気持ちはまったくありませんでした。現場でのそれらの「戦争」の勝敗はもはや明らかだったからです。それよりも、この1月からの中東の民主化の嵐のほうが、歴史的な大転換点として非常に興味があります。
 私はとくに政治的な主張などありませんが、教条的な押し付けとか、全体主義的な抑圧社会にはどうも馴染めない性分です。最初のバックパッカーの頃から、共産圏の人々が共産主義体制に抑圧されて生きている様を見聞してたので、ソ連崩壊の過程をモスクワに住んで目の当たりにした日々には、ちょっと興奮しました。
 次は中東の独裁体制崩壊の番だとずっと期待してきたので、今ちょっと興奮しています。

(言うまでもありませんが、これはあくまで私個人の事情・考えを述べたものです。冒頭に書いたように、人それぞれですので、他の方のスタンスを批判するものではありません)

(追記/私は旅の延長で戦場取材をしていた感じなので、戦場取材中も単に被写体として相手の写真を撮るのではなく、なるべく私的な会話を通じて、その時間のその場所を共有する者同士として、互いの人生にほんの少しでも関わりを刻みこみ合いたいという意識が常にありました。年齢が近かったということもあり、コントラの兵士たちともボスニアの兵士たちとも、夜通しよく語り合いました。
 ソマリアが憂鬱だったのは、餓死していく目の前の子供たちと、そうした人間同士としての交わりがまったく不可能だったからだったように思います。そんなことをちょっと思い出したので付記しました)

(もうひとつ追記/この本全体を読んで、解説の方の記事も含めて、「戦闘を撮る」より「人間を撮る」ほうが上というようなニュアンスの記述が目に付きましたが、そういうことではないと私自身は思いました。「戦闘場面」から「人間」を撮る方向にシフトしてきた著名カメラマンが多いのは事実ですが、そういうテーマ性は各カメラマンさん個人の問題です。それぞれ各人が自分の人生観や職業観から選択することであって、どちらが「下」とか「上」とか「悪」とか「善」ということではないと思いました)
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  1. 2011/02/25(金) 21:03:41|
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プロフィール

黒井文太郎

Author:黒井文太郎
 63年生まれ。『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、現在は軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(とくにイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。

 著書『ビンラディン抹殺指令』『アルカイダの全貌』『イスラムのテロリスト』『世界のテロと組織犯罪』『インテリジェンスの極意』『北朝鮮に備える軍事学』『紛争勃発』『日本の情報機関』『日本の防衛7つの論点』、編共著・企画制作『生物兵器テロ』『自衛隊戦略白書』『インテリジェンス戦争~対テロ時代の最新動向』『公安アンダーワールド』、劇画原作『実録・陸軍中野学校』『満州特務機関』等々。

 ニューヨーク、モスクワ、カイロに居住経験あり。紛争地域を中心に約70カ国を訪問し、約30カ国を取材している。




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