ワールド&インテリジェンス

ジャーナリスト・黒井文太郎のブログ/国際情勢、インテリジェンス関連、外交・安全保障、その他の雑感・・・(※諸般の事情により現在コメント表示は停止中です)

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戦場NAVI②ニカラグア編

 コメントに「イラン=コントラ事件」についての要望をいただいたが、ちょうど現在発売中の『ニューズウイーク』に、懐かしきオリバー・ノース元海兵隊中佐(イラン=コントラ事件の主役)の近況が載っていた。同記事は、ニカラグアのオルテガ元大統領が大統領選で結構いい位置につけているということを紹介する内容だっが、そのニカラグア大統領選で、ノース元中佐が右派候補の応援に駆けつけているというのだ。
 じつは、『ワールド・インテリジェンス』第2号「日本の対外情報機関」を制作したとき、「秘密工作はバレたときのダメージが大きい」という内容を書いた部分にその典型例であるイラン=コントラ事件の関連写真を口絵として掲載しようといろいろ探した。結局、事件当時の『タイム』の表紙(ノース中佐の顔)を使ったのだが(同41p)、そのときネットで関連情報を調べていたら、ノース元中佐が現在も意気軒昂で評論活動などを精力的に行なっていることがわかった。すっかり過去の人かと思ったら、その筋(右翼系)ではまだまだ現役だったわけだ。

 ところで、じつは何を隠そう、日本人で初めてコントラを従軍取材したのは私である(たぶん)。と書くといかにもスゴいことをやったような感じだが、そうではなくて、コントラ取材なんて欧米の記者はもう何十人とやっていたことだった。私が取材したのはコントラ結成(81年)から7年も後の88年のこと。ニカラグア内戦の終結が90年だから、内戦も終盤のことだ。
 では、なぜそれまで日本人が取材できていなかったかというと、コントラはCIAや共和党右派の秘密工作で運営されていたので、親分筋が許可した取材者(つまり、彼らの秘密工作の詳細を暴露しない人)しか入り込めなかったからだ。とくに、コントラが隣国ホンジュラスに拠点を作っていたことは、みな知っていることだったが、ホンジュラス政府は公式に認めていないことだったので、許可なし取材を試みようとしても、そのアプローチ・ルートを押さえるホンジュラス軍が絶対に許さない。だから、コントラ取材のためにはまずワシントンで話をつけ、ホンジュラス軍に渡りをつけないと始まらないという仕組みになっていた。
(ちなみに、コントラ創設の頃にワシントンの名代としてコントラ組織化工作を主導していたのが、キッシンジャーの子分筋にあたるネグロポンテ駐ホンジュラス大使。現在の米国家情報長官である)

 ということで、欧米の有力メディアの場合、ホンジュラスの首都から国境へ行ってコントラを取材する一連のツアーが、すべて米政府の指示を受けたホンジュラス政府に管理された取材ツアーとして行なわれた。勝手に取材できないのだ。
 一方、欧米には反共人脈系のメディアやフリー記者もたくさんいて、そういう人々はかなり自由に取材できた。お仲間だからである。だから、80年代にコントラ従軍記事をもっとも頻繁に掲載していたメディアは『タイム』でも『ニューズウイーク』でもなく、傭兵雑誌『ソルジャー・オブ・フォーチュン』だったりした。

 ところが、日本のマスコミの場合、中米を担当する記者はブラジルかメキシコの支局員なので、ワシントンはカバーしない。中南米特派員は各社どこも各1人で広いエリアをカバーしなければいけないから、とてもワシントンで動いている時間はない。
 他方、ワシントン支局の特派員はそうした人脈へのアプローチを持っていたが、中米の内戦は米軍が直接進攻したりするのでなければ、取材対象外である(後にパナマ侵攻の際にはワシントンやニューヨーク支局の特派員も投入され、中南米支局記者よりも先に現地入りしていた)。
 また、日本人のフリージャーナリストの場合、当時は中米に集まってくるような人はほとんどが左翼シンパの人たちで、反共ゲリラには敵意を持っているような人ばかりだった。だいたい左翼政権下のニカラグアなどでは、安宿で日本人に会ったりすると「僕は××派だけど、君はどこのセクト?」みたいな話が普通に飛び交っているという異様な雰囲気だった。「マスコミは朝日と岩波しか認めない」などと公言する人も実際にいて、なかには日本帰国後に、ホントに朝日新聞だけの入社試験を受けて立派に合格した左翼シンパの学生(セクトの活動家ではなかったが)もいたりした。
 というような状況だから、フリージャーナリストのほとんどは左翼政権取材に殺到していた。コントラ取材を誰も試みなかったということではないと思うが、あそこはそれなりのルートを通さないと取材できない。中米を取材しているだけでは、アクセスが無理なのである。
 じつは私自身、まだ学生だった86年にニカラグアやホンジュラスを〝旅行〟した際、なんとかコントラ従軍ができないものかといろいろ歩き回ってみたことがあったのだが、どちらの国でもちょっと微妙なエリアに入ろうとすると、軍の厳重な検問があってアクセスできなかった。
 そんなこともあって、後にフリー記者となり、コントラ従軍取材を思い立った私は、まずはワシントンに行き、ノース中佐のお仲間のような人たちに接触を図ったのだった。
 といっても、それはそんなに簡単なことではなかった。私もまだ20代半ばの駆け出しで、ゲリラ取材など右も左もわからないような状態から始めたからだ。だから、おそらく私の当時の動き方は、あまり上手いやり方ではなかったのだろうと思うのだが、ある意味でこれも情報収集のやり方に似ているので、参考までにここに記しておこう。

 私は最初、日本で、アメリカ共和党人脈に強い某評論家にアプローチした。紹介してくれたのは、私が週刊誌編集者時代に知り合っていた国際政治学者である。
 それで、まずはアメリカの右派政治家のルートへの紹介を依頼したのだが、このときまずその評論家が私に言った言葉が私には意外だったので、よく覚えている。彼はそのときこう言ったのだ。
「確認しておくけど、君はわが陣営だね?」
 つまり、反共右翼陣営のスタンスに立ち、コントラを賞賛する記事を書くのだろうねということだ。
 たしかに当時、フリージャーナリストのほとんどは左翼政権賞賛記事ばかり書いているような時代だったから、私のような立場は珍しかった。私はべつに右翼でないので、「そうです!」とは答えなかったが、適当に左翼批判をして誤魔化した。
 私は当時まだ若く、それほど警戒すべき大層な人間でないことは一目瞭然だったから、その人もとくに気にすることもなく、気軽な感じでワシントンの何人かの関係者を紹介してくれた。私はそれを頼りにワシントン行きの飛行機に乗った。
 アメリカ旅行の経験はあったが、ワシントンは初めてだった。駆け出しのフリーなので、お金はない。それでユースホステルに宿泊したが、当時、ワシントンのユースホステルは昼間は外出しなければいけない決まりだった。8月のワシントンはうだるような暑さだった。
 私は紹介されたところに公衆電話から電話をかけ、コントラ取材をしたいので米政府の関連部署に繋いで欲しい旨を依頼した。が、ちゃんとした高級ホテルに泊まっていない、ということがネックになった。相手は当然、こちらの連絡先を聞いてくるのだが、まさかユースホステルですとは言えない。「なんじゃそりゃ」となってお終いである。
「またホテルを替わるので、後でこちらからまた掛け直します」と言うことを繰り返したが、そんなこんなで話がちっとも進まなかった。相手の事務所に直接行くのがいちばんいいのだが、そこでこちらの宿泊先を教えないわけにはいかない。
 紹介先には何人かの日本人もいて、その人たちとは会った。商社の人、大手マスコミの人、大学・研究機関の人などともいろいろ会った。こういうとき、同じ日本人同士というのはやはり相手にしてもらいやすい。たいていの人は20歳以上も年下の私に「まあ、頑張りたまえ」というような感じでいろいろアドバイスしてくれた。ただ、日本ではアメリカ専門家で通っているような人でも、ワシントンではそれほど強い人脈があるわけではないようで、そこからコントラへのコネを繋ぐことはできなかった。

 そのうち私はユースホステルを出たが、それは(昼間追い出されるので)あまりの暑さに音を上げたからだった。ウオーターゲートビルにほど近いオンボロのホテルに投宿した。年代物のエアコンがぶんぶんスゴい騒音を撒き散らしていたが、それでどうにか一息ついた。
 ともあれ、これで滞在先電話番号を得た私は、勇んでコネ探しを続けたが、その後もさっぱりうまくいかなかった。
 そのうち、日本から件の評論家がワシントンにやって来た。「パーティで人を紹介するから、ネクタイして来なさい。ついでにパーティのカメラマンも務めなさい」ということになった。私はそのパーティで何人かの人に紹介された。そのなかに共和党の上院外交委員長の秘書がいて、私はその人物に狙いを絞った。
 その人物は、電話をすると、「今、調整しているから待って」という返事を繰り返した。タカ派で鳴らした上院外交委員長の秘書なのだから、その気になれば簡単な話のはずだが、そういう人でも誰かに何かを頼めば借りをつくることになる。それに何より「面倒だった」のだろうと思う。
 結局、そのルートは諦め、他のルートを探した。日本を出てすでに2週間が無駄に経過していた。私はかなり焦りを感じていた。
 そのうち、いっぷう変わった人物への紹介を得た。CIA高官の親戚で、本人もかつて米NSCのスタッフだったという人物だった。あからさまに右翼系の人物だったが、もはやそのルートしか望みはなかった。
 その人物に電話した。
「話はわかった。では君のホテルで会おう」
「いや、どこか有名なホテルのラウンジがいいと思うのですけれど・・・」
「今いるのはどこのホテルだね?」
「えーと、××ホテル。住所は××ですが」
「そのホテルは知らないなあ。でも、その住所はだいたいわかる。いい場所じゃないか。じゃ、そこで××時に」
 約束の時間に「来客だよ」とのフロントからの電話でロビーに下りると、仕立てのいいスーツを着た紳士がボロボロのソファに決まり悪そうに座っていた。どこから見ても貧乏旅行者そのものの私の風体に、その紳士はちょっと失望の色をみせた…ような気がした。


「コントラというのはね、もともと私たちが創ったものなんだよ」
 その人物は、そうこともなげに言うと、ひとつの電話番号を私に示した。
「そこに電話するといい。ワシントンのコントラの事務所だ。話はもう通してある」
 翌日、その電話番号に電話をすると、「話は聞いてます。すぐに来れますか?」ということだった。閑静な高級エリアのインド・レストランの2階に、その目立たない事務所はあった。
 そこにいたのは、ネイティブな英語を話す年若いニカラグア人の青年で、「もうじきマイアミの事務所にFDN(コントラの中核組織)の報道官が来るから、彼に会うといい」ということだった。
 私はさっそく翌日マイアミに飛んだ。マイアミの事務所は郊外の大きな住宅で、周囲にニカラグア人の若者が鋭い目つきで立っているような場所だった。コントラ報道官は私の従軍取材要請に正式に許可を出した。ただし、勝手に一人で行くことはできないので、他の取材希望ジャーナリスト(AP通信の記者など数名)とまとめて取材ツアーを組むことになった。私は、ホンジュラスの首都テグシガルパのホテルで、現地事務所からの連絡を待つことになった。

 こうして、取材が制限されている反政府ゲリラ組織への取材ルートが整った。密林の戦場を取材するために、他の国のビル街での根回し作業が必要というケースだった。
 もっとも、ここまで面倒な手順が必要な取材というのは、じつは非常に珍しいことで、私自身もそれ以降はまったく経験がないことだった。
 ところで、こうしてやっと取材計画が整ったこのゲリラ取材も、じつはその後、予定が大幅に狂い、実現までには紆余曲折を経ることとなった。そのトホホなドタバタは次回に。(続く)
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  1. 2006/11/02(木) 05:54:23|
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国を集めた

歴史コロンブスの来航以後、アメリカ大陸全域がスペインの侵略にさらされたが、ニカラグアもその例外ではなかった。1502年、コロンブスに「発見」されたニカラグアでも、中央アメリカのニカラオカリ(現在のリバス付近)を本拠とするインディオのニキラノ族(首長: ニカラオ
  1. 2007/04/18(水) 08:38:16 |
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プロフィール

黒井文太郎

Author:黒井文太郎
 63年生まれ。『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、現在は軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(とくにイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。

 著書『ビンラディン抹殺指令』『アルカイダの全貌』『イスラムのテロリスト』『世界のテロと組織犯罪』『インテリジェンスの極意』『北朝鮮に備える軍事学』『紛争勃発』『日本の情報機関』『日本の防衛7つの論点』、編共著・企画制作『生物兵器テロ』『自衛隊戦略白書』『インテリジェンス戦争~対テロ時代の最新動向』『公安アンダーワールド』、劇画原作『実録・陸軍中野学校』『満州特務機関』等々。

 ニューヨーク、モスクワ、カイロに居住経験あり。紛争地域を中心に約70カ国を訪問し、約30カ国を取材している。




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