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ジャーナリスト・黒井文太郎のブログ/国際情勢、インテリジェンス関連、外交・安全保障、その他の雑感・・・(※諸般の事情により現在コメント表示は停止中です)

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外事3課が追ったイスラム人脈の中心人物

 警視庁外事3課の流出資料114点中、もっとも多かったのは監視対象者の個人ファイルですが、そのほとんどは、2人の男と接点があった人たちです。その2人の男こそが、外事3課がおそらく最重要キーパーソンと見ていた人物なのでしょう。

 ひとりは、群馬県で中古車販売業を営むアルジェリア人で、かつて日本に潜伏していたことが2004年に発覚して大きなニュースになったアルカイダ系フランス人テロリストのリオネル・デュモンと接点があった人物です。日本人の妻がいて日本の永住権を持っています。
 デュモンとの関係で2004年5月に群馬県警の家宅捜索と任意の事情聴取を受けた後、同年6月にアルジェリアに一時帰国。同年9月にフランスに入国したところを国土監視局(DST)に逮捕されました。
 ほどなく釈放にはなったのですが、4年にわたって出国を禁じられ、継続的な尋問を受けた後、ようやく昨年2月に嫌疑不十分で出国が認められ、日本に帰国しました。この人物は「デュモンが国際手配されているテロリストだったとは知らなかった」としていますが、彼はもともと東京・麻布のイスラム宗教施設で働いていた熱心な信者で、デュモンの在日中のイスラム人脈と深く関わっていたことから、外事3課は彼の人脈を熱心に捜査していたようです。

 もう1人の人物は、こちらはデュモンと同じく、本物のイスラム過激派といって差し支えない人物です。前述のアルジェリア人中古車販売業者とも、非常に親しく付き合っていた人物です。
 彼はゾヘール・シューラ、偽名をアブドル・バールというアルジェリア人で、ボスニア内戦中に現地のアラブ人イスラム義勇兵部隊にいたことがわかっています。デュモンともボスニア時代からの戦友ですが、この人物が少なくとも99年から2000年にかけて日本に潜入し、前出の麻布の宗教施設を根城にオルグ活動をしていたことが、今回流出した外事3課文書でわかりました。外事3課はこのシューラと当時関わった人脈を、かなり重点的に捜査しています。
 このシューラなる人物については、後にフランスで服役したこともあって、多少の情報は欧米の報道でも既出でしたが、日本での活動についてはほとんど情報は出ていませんでした。既出情報と今回の新情報をつき合わせ、この興味深い人物の足跡を振り返ってみましょう。

 ゾヘール・シューラは1973年にアルジェリアで生まれ、その後、フランスなどを経て、92年にボスニア内戦が始まると現地に渡っています。ボスニアではアラブ人主体の外人部隊であるアル・ムジャヒード隊に加わっていて、95年1月にはボスニア市民権を取得しています。
 当時、こうした経緯でボスニア市民権を得たアルジェリア人は75人。いずれももともとイスラム過激派の系列にいた人物で、アルカイダの人脈とも接点があります。アルカイダでアラブ義勇兵工作を取り仕切ったビンラディン側近のアブ・ズベイダ(現在はアメリカが拘束中)が、このボスニア義勇兵人脈と密接な関係にあったことがわかっています。なお、ボスニア市民権を得た75人のうち5人は、後に米軍に捕まり、グアンタナモ収容所で拘束されています。
 シューラはボスニアで、後にテロ・グループに加わるアルジェリア人たちと接点を持っていました。ボスニアで届けていた住居で同居人とされていたのは、後にカナダ・モントリオールを拠点として、99年にロサンゼルス空港爆破テロ未遂を起こしたグループのメンバーです。
 シューラが深く関与したこのアルジェリア人ボスニア義勇兵グループは、モントリオール細胞だけでなく、フランス北部の町ルーべでも後に数々のテロ事件を起こしていて、「ルーべ団」もしくは「ルーべ・ギャング」と名づけられています。前出のリオネル・デュモンはこのルーべ団の幹部格です。ルーべ団のリーダーはクリストフ・カズという元ボスニア義勇兵で、シューラはこの人物とも親しかったようです。
 また、トルコのモスレム支援組織「ITT」(人道援助基金)がイスラム義勇兵の財政的支援も行っていて、とくにルーべ団人脈と深い関係にありました。そのため、ボスニア戦争が95年11月のデイトン合意で終結した後、シューラはITTの支援でトルコ・イスタンブールにしばらく潜伏していた形跡もあります。
 ちなみに、このITTは今年5月にガザ支援船をイスラエル軍に急襲され、多くの犠牲者を出したことで大きく報じられた援助団体です。ITTは否定していますが、イスラエル側はITTを「ハマス支援組織」と断定しています。

 その後、シューラの詳しい足跡はわかりませんが、マレーシアでイスラム神学を学んでいたらしいとの証言があります。その頃、マレーシアを拠点にアジアの国々を出入りした可能性がありますが、そのあたりも詳細は不明です。
 しかし、おそらくその頃に思い立ったのだと思うのですが、遅くとも99年5月には日本に入国しています。日本では前述した麻布の宗教施設を根城に、仲間を増やしていっています。日本ではバディスと名乗っています。
 他方、リオネル・デュモンは96年にフランスで起こした爆弾テロ未遂&銃撃戦で国際手配された後、ボスニアに舞い戻ったのですが、97年に警察官を射殺して服役します。が、99年5月に脱走に成功。遅くとも同年9月には日本に入国しています。おそらく仲間のシューラがいるということで逃げ込んだものと思われます。サミールと名乗るデュモンのことを、シューラがイスラム仲間に紹介してまわっています。
 シューラはなかなか存在感のある男だったようで、その宗教施設に出入りしていた人々に、かなり強烈なインパクトを与えていた形跡があります。しかし、シューラが日本にいた時期は、判明しているかぎりではデュモンよりずっと少なく、翌2000年には出国しています。その後の足跡もはっきりしませんが、中国、マレーシアにいたことはわかっています。
 日本で知り合っていた日本人女性をマレーシアに呼び出して、そこで結婚しています。もっとも、シューラはその後、あまり日本人妻と夫婦らしい時間は過ごしていません。おそらく日本人の配偶者ビザが欲しかったのではないかとの見方もできますが、そのあたりはわかりません。
 しかも、シューラにはすでにボスニアに妻子がいたようです。その後、シューラはスロベニアで元の妻と合流したらしいとの情報もあります。
 シューラの消息が判明するのは、2001年です。ボスニアで逮捕され、ルーべ団との関連容疑でフランスに引き渡されました。03年頃まで拘禁され、その後、釈放されたようです。もともと欠席裁判で禁固4年の判決を受けていたとか、起訴を取り下げられたとか、報道が少し錯綜していて、そのあたりの事情の詳細はよくわかりません。ちょうどその頃にデュモンとその仲間が一斉逮捕されているので、何か関係あるのかもしれませんが、それもよくわかりません。なお、シューラはその後、今度はオランダ人女性と結婚したとの証言がありますが、これもビザ目的の可能性があります。
 その後の消息もはっきりしませんが、しばらくアルジェリアに帰国していたとみられています。2008年にボスニアに入国した後、行方がわかっていません。現在、ボスニア政府が追跡中です。

 シューラのこうした経歴をみると、たしかに怪しいものがあります。テロリストではなくとも、少なくともジハード経験者であり、警察が要注意人物とみるのは当然ではあります。
 ただし、今のところ、彼が日本でテロを計画したなどという情報は一切ありません。2003年に日本を出国し、ドイツで逮捕されたデュモンも同様です。
 シューラについては、これまで日本潜伏に関しては詳しく報じられていなかったと思いますが、デュモンの日本潜伏の件が露呈した以上、彼も当然ながら自分のことが日本の捜査当局に露呈し、当時接触した人間が徹底的に捜査されたことぐらいはわかっているはずです。
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  1. 2010/11/07(日) 02:45:23|
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srt

ttp://uni.2ch.net/test/read.cgi/police/1349421787/
警視庁外事3課流出資料  国際テロリズム緊急展開班班員名簿 だす
  1. URL |
  2. 2012/10/05(金) 19:49:21 |
  3. dfせ #-
  4. [ 編集]

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プロフィール

黒井文太郎

Author:黒井文太郎
 63年生まれ。『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、現在は軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(とくにイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。

 著書『ビンラディン抹殺指令』『アルカイダの全貌』『イスラムのテロリスト』『世界のテロと組織犯罪』『インテリジェンスの極意』『北朝鮮に備える軍事学』『紛争勃発』『日本の情報機関』『日本の防衛7つの論点』、編共著・企画制作『生物兵器テロ』『自衛隊戦略白書』『インテリジェンス戦争~対テロ時代の最新動向』『公安アンダーワールド』、劇画原作『実録・陸軍中野学校』『満州特務機関』等々。

 ニューヨーク、モスクワ、カイロに居住経験あり。紛争地域を中心に約70カ国を訪問し、約30カ国を取材している。




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