ワールド&インテリジェンス

ジャーナリスト・黒井文太郎のブログ/国際情勢、インテリジェンス関連、外交・安全保障、その他の雑感・・・(※諸般の事情により現在コメント表示は停止中です)

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シリア世襲事情

 独裁者の世襲がすんなりと成功した例もあります。中東シリアです。
 シリアでは、30年間も独裁権力を握ってきた先代のハフェズ・アサド大統領が2000年に急死した後、次男のバシャール・アサドが大統領職を世襲しました。その経緯を紹介してみましょう。
 父ハフェズはもともとソ連留学歴のある空軍将校で、要するにKGBの後押しでシリアの独裁権力を握った人物でした。最大のライバルは軍の実力者だった実弟リファアト・アサド副大統領で、兄弟は一時期、首都で戦車隊を対峙させ、内戦一歩手前までいったことがあります。そのときは実母が仲裁に入り、人騒がせな兄弟喧嘩はどうにか収拾されました。
 なお、このリファアトは親ソ派の兄に比べて、どちらかというと親西側的な立場にありましたが、かといって国内での人気はほとんどありませんでした。中東ではよくいるチンピラ・マフィア系ボス的なキャラの人物で、それに比べると兄ハフェズは性格が真面目だったため、「弟よりはマシ」と大方の国民はとらえていたようです。結局、リファアトは兄弟喧嘩に敗れたかたちで、国外追放となります。
 アサド家はシリアでは少数派にあたるアラウィ派に属していました。アラウィ派は同国西部の地中海沿岸地域を地盤とするイスラムの宗派で、そのため父アサド政権はアラウィ派の仲間を中心とする側近政治を行いました。ただし、盟友の国防相は国内多数派のスンニー派だったりしますから、全員というわけではありませんが。
 いずれにせよ、父アサドの盟友たちは、軍や秘密警察の要職を独占したことで、その独裁体制を支えました。アサド政権の中核は「バース党」という政党で、これはアラブ民族主義と社会主義をミックスしたようなものでしたが、要は独裁政権の母体ということです。現在もシリアの権力中核はバース党です。ちなみに、隣国イラクの故サダム・フセイン独裁政権もバース党独裁でしたが、両国のバース党同士は敵対関係にありました。ハフェズとサダムが個人的に仲が悪かったからですね。
 ともあれ、そういうことでシリアのアサド王朝では、アラウィ派人脈を中心とする「軍・秘密警察」&「バース党」幹部ネットワークが国民の上に君臨しました。ただし、イラクのサダムと違い、国民の弾圧はそれほどやってません。反政府派の筆頭が、レバノン・マフィアなんかとつるんだリファアトだったりするので、一般の国民の中に反政府運動がそれほど育たなかったからです。
 唯一、たいへんな惨事になったのが、イスラム原理主義組織「モスレム同胞団」に対する弾圧ですね。82年には、モスレム同胞団の拠点と目された地方都市を丸ごと殲滅するような過酷な大弾圧を行っています(これを指揮したのはリファアトでした)。
 それでもアサド政権は、国民の間では「イラクのサダムよりはマシ」「たいへいのアラブの国よりはマシ」というような雰囲気で、それほど反政府運動は生まれませんでした。まあ、きわめて消極的な支持ですが。
 さて、そんなアサド王朝の世襲ということを睨み、父ハフェズは早くから青写真を描いていました。長男バシルを王位継承者として、幼少の頃から帝王学を仕込み、エリート軍人への道を歩ませます。国中に、父子のツーショット写真が貼られたりもしています。ティアドロップのサングラスが似合う、なかなかの2枚目です。
 その一方で、弟たちは権力から徹底的に遠ざけました。自分が兄弟抗争の経験があるので、そうした芽を最初から摘み取ったのですね。
 それだけではありません。シリアではどうも「長男はものすごく優秀な人物。弟たちはイマイチ」というようなプロパガンダが意図的に流された形跡があります。兄弟がまだ幼かった頃より、一般国民のあいだに、そうした噂が一般的に広がっていたのです。独裁国で権力者の子供たちを揶揄するような言動は命がけの危険行為のはずですが、なぜかそれが黙認されていました。ですから、こうした噂が広範囲に広がった背後には、父ハフェズの意図があった可能性があります。
 なお、ハフェズには4男1女がいました。長男バシルは軍人、次男バシャールは眼科医、三男マジドは電気技術者、四男マヘルは軍人の道に進みました。シリアの国民の間では、バシャールは無能、マジドは精神異常、マヘルは乱暴者というイメージが定着しています。ちなみに長女ブシュラは薬学を学び、後にエリート軍人と結婚しています。
 そうして長男世襲が当然視されていたわけですが、なんと彼は1994年に交通事故で急死します。謀殺説もありますが、真相はわかりません。
 で、ここで困ったのが父ハフェズです。そこですぐに、イギリスで眼科研究をしていた28歳の次男バシャールが連れ戻されます。本心は嫌だったかもしれませんが、父の命令ですから、バシャールに選択の余地はありませんでした。
 バシャールはすぐさま軍学校に入校し、軍人として遅咲きの帝王学を仕込まれます。99年に大佐となり、2000年に父が病死すると、取り巻きに担がれて34歳で大統領になります。バシャールが大統領になったとき、シリア国民の多くは「あのバシャールが?」と驚きましたが、それでも「古参幹部連中の誰かよりはまだずっとマシ」「サダム・フセインのドラ息子なんかよりはずっとマシ」という受け止め方をしていたようです。
 リーダーとしてまったく経験のないバシャールを担いだのは、古参幹部たちでした。先代アサドはナンバー2の台頭を徹底して阻止してきたので、突出した権力者がいない状態でした。そこで主導権を争って共倒れになるより、急ごしらえリーダーをしつらえて、実権はみんなで分け合おうとしたのです。
 ところが、そこに挑戦した人物がいました。バシャールの姉ブシュラの夫であるアシフ・シャウカトです。そもそもシャウカトとブシュラが結婚するとき、アサド家の全員が反対したなか、バシャールだけが応援したことで、バシャールとシャウカトは深く結びついていました。
 シャウカトはもともと軍人でしたが、アサド・ファミリーの一員となった後、義父ハフェズから国内の秘密警察系統の権力を一手に与えられていました。そこでバシャール政権誕生後、若手の仲間たちとともに世代交代を進め、古参幹部の追放に成功します。一時期、バシャールの弟マヘルと対立していましたが、乱暴者のマヘルをアサド・ファミリーも持て余していたため、シャウカトは影の実力者としてバシャール政権下に君臨します。なお、その後、マヘルとシャウカトは和解しています。
 いずれにせよ、シリア国民の多くも、とにかく利権屋集団だった軍やバース党の古参幹部たちの退場は好意的に受け取ったようです。その後、シャウカトを中心として、元国防相の息子なども参加するバシャール側近世代は、先代世代の剥き出しの汚職体質を若干改めながら、緩やかな経済改革などを進めています。
 現在、バシャールの義兄アシフ・シャウカトは軍事情報部長を経て国軍参謀副長(大将)。弟マヘルはエリート部隊である大統領警護隊の司令官(中将)。もうひとりの弟マジドは精神的に病んでいるとの噂もありますが、消息は不明です。
 現在もシリアでもっとも有力な政府批判勢力は、バシャールの叔父リファアトのグループですが、ほとんど力はありません。リファアトは現在ロンドン在住です。
 こうして若き日は嘲笑の対象ですらあった現大統領も、今では政権10年のベテラン。今後もその独裁権力の基盤が揺らぐ兆候はありません。
 ヒズボラやハマスを庇護しているため、いまだにアメリカ政府からは「テロ支援国家」指定を受けていますが(米政府のテロ支援国家指定は、いまやシリアを含め、イラン、スーダン、キューバの計4カ国だけです)、イギリス生活歴があり、イギリス育ちの夫人がいるバシャールをはじめ、西側経験の豊富な現指導部世代はもはやそれほどアナクロな反米派ではありません。対アルカイダでは水面下で部分的協力関係にすらあります。
 シリアでもいまやインターネットが自由に使えますから、もうあまり強権的なことは難しくなっています。
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  1. 2010/09/30(木) 14:22:04|
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プロフィール

黒井文太郎

Author:黒井文太郎
 63年生まれ。『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、現在は軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(とくにイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。

 著書『ビンラディン抹殺指令』『アルカイダの全貌』『イスラムのテロリスト』『世界のテロと組織犯罪』『インテリジェンスの極意』『北朝鮮に備える軍事学』『紛争勃発』『日本の情報機関』『日本の防衛7つの論点』、編共著・企画制作『生物兵器テロ』『自衛隊戦略白書』『インテリジェンス戦争~対テロ時代の最新動向』『公安アンダーワールド』、劇画原作『実録・陸軍中野学校』『満州特務機関』等々。

 ニューヨーク、モスクワ、カイロに居住経験あり。紛争地域を中心に約70カ国を訪問し、約30カ国を取材している。




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