ワールド&インテリジェンス

ジャーナリスト・黒井文太郎のブログ/国際情勢、インテリジェンス関連、外交・安全保障、その他の雑感・・・(※諸般の事情により現在コメント表示は停止中です)

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日本に対外情報力はあるか?

おかげさまでワールド・インテリジェンス第2号「日本の対外情報機関」も好評の模様。多謝!
ところで、今回は日本の対外インテリジェンスということがテーマだったが、それについて編集後の雑感を少々述べたいと思う。

まず、日本の対外インテリジェンス能力はどれほどのものなのか?

これについて、たとえば佐藤優・元外務省主任分析官はいくつかのコラムで「インテリジェンス能力は基本的にはその国の経済力と比例している=したがって、日本のインテリジェンス力は全体的にはそう低くない」との意味のことを書いているが、私はそれとはまったく違う考えだ。
もちろん私など偉そうなことを書けた立場ではないのだが、それを棚に上げてここでちょっと私見をお許し願いたい。

私もそこそこの海外生活の経験があり、日本のメディア、商社、大使館などの活動の一端を知っているが、その情報能力ははっきり言って、かなり低いという印象を持っている。
全世界的な広がりということでは、経済大国日本は世界各地と何かしらの関係があるから、オモテの情報はそれなりに入るが、裏の情報ということになれば、現地で独自の情報活動をしている例はほとんどないと思う。
日本の商社や大使館やメディアのパワーの源泉は結局、経済大国である日本本国との結び付きということであって、現地の情報人脈でそこに存在感を持っているわけではない。そのあたりは、欧米諸国の情報機関、商売人、メディアの「現地への根の張り方」とは雲泥の差があるといって過言ではないように思う。
日本では多少海外経験があれば情報通として扱ってもらえるが、欧米人にはたとえば現地の独裁政権のアドバイザーを長年やっていた人物がいたりするし、先祖代々から現地に利権を持っているなどという例すら珍しくないわけで、いかに巨額のジャパン・マネーをもってしても、情報の世界ではそのあたりの地力が決定的に違う。
そうした地力も違ううえに、情報機関が現地の法律の枠など無視して諜報活動をしている国と、正規の外交官が正規の方法で情報収集しているだけの国との間には、情報活動のレベルには大きな差がある。
これはなにも日本の外交官やジャーナリストやビジネスマン各人が個人的にダメだということではない。背景の違いがあるし、制約も違うからだ。30歳近くになって初めて赴任地に赴き、組織的バックアップもほとんどなく「さあ、情報をとって来い。ただし、法律を犯したり現地国政府とトラブったりするなよ。カネもかけるな」と言われ、やっと多少の情報源が出来た数年後には異動、ということではどんな優秀な人材でもどうしようもあるまい。
(もっとも、私の見聞では、現地の日本人社会のなかで情報を回し合いしている例が非常に多い。現地同胞社会の結束ということでは、日本人と韓国人は世界でも珍しい愛国民族だと思う)

私はなにも、日本の対外情報力がダメだということをここで指摘したいわけではない。疑問に思うのは、私などには「日本の対外インテリジェンスは遅れてるなあ」としか見えないのに、佐藤氏のような専門家の目には「日本にはそこそこの対外情報力はある」と見えているのはなぜか?ということだ。
今回、「日本の対外情報機関」という特集を制作したなかで気づいたのだが、インテリジェンスというものを語るのに、それぞれが違うイメージで考えているという問題がここに表れているのではないかと思う。

たとえば、全員ではないが、政府の情報関係部局の出身の方の多くは、インテリジェンスを非常に広い意味に捉えている人が多かったように思う。彼らは対外インテリジェンスというものを、さまざまな情報を加工し、政策当局に提供するところまで考えている。極端に言えば、外交の素人である総理・官房長官に対し、外交政策をサジェスチョンする1枚紙の報告書そのものが対外インテリジェンスの成果であるというイメージである。したがって、諜報活動で得た極秘情報そのものは、インテリジェンスのほんの一部にしかすぎない。
インテリジェンス・サイクルでいえば、収集よりも分析・評価・報告が重視されているわけだが、それはおそらくその職務上の経験から、その部分に関する問題意識(あるいは欲求不満)があったのだろうとも推測される。
これに対し、ジャーナリスト出身の作家・麻生幾氏は「それよりも情報収集だろう」という異論を展開している。雑誌編集者出身の私もどちらかというと麻生氏の意見に近いのだが、要するに、対外インテリジェンスの源泉を諜報活動に求めるイメージである。
ジャーナリズムではなによりも「足でネタをとってくる」ことが求められる。スクープ情報が最優先され、分析はその付録のようなものだ。評論をトップ記事に持ってくるような媒体は蔑まれ、スクープを連発する媒体は尊敬されるーーそうした業界である。
その職務上の経験からすると、どうしてもインテリジェンス活動=ネタ元開拓という感覚になる。

こう考えると、日本の対外インテリジェンス能力に対する認識の差もわかりやすいのではないか。
たとえば、対外インテリジェンスを「外交政策の指針となる情報報告」とすれば、日本政府にはもちろんそれなりの立派な対外インテリジェンスがあるということになる。
だが、対外インテリジェンスを「他国が知らない日本だけが知っている極秘情報」とすれば、防衛庁情報本部の電波情報を除けば、これはもうほとんど無力に近い。
つまり、インテリジェンスという用語に対するイメージが統一されていないので、こうした問題が起こるのではないかと思うのである。

ワールド・インテリジェンス第2号「日本の対外情報機関」では、どちらかというと、前者であるインテリジェンス分析・評価・報告の制度改革の話を掘り下げたが、私個人としては、制度改革は制度改革としてもちろん必要だが、そこを出発点として、ネタ取りの部分を強化しないとダメだなあという気がしている。
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  1. 2006/08/31(木) 09:03:01|
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プロフィール

黒井文太郎

Author:黒井文太郎
 63年生まれ。『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、現在は軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(とくにイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。

 著書『ビンラディン抹殺指令』『アルカイダの全貌』『イスラムのテロリスト』『世界のテロと組織犯罪』『インテリジェンスの極意』『北朝鮮に備える軍事学』『紛争勃発』『日本の情報機関』『日本の防衛7つの論点』、編共著・企画制作『生物兵器テロ』『自衛隊戦略白書』『インテリジェンス戦争~対テロ時代の最新動向』『公安アンダーワールド』、劇画原作『実録・陸軍中野学校』『満州特務機関』等々。

 ニューヨーク、モスクワ、カイロに居住経験あり。紛争地域を中心に約70カ国を訪問し、約30カ国を取材している。




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