ワールド&インテリジェンス

ジャーナリスト・黒井文太郎のブログ/国際情勢、インテリジェンス関連、外交・安全保障、その他の雑感・・・(※諸般の事情により現在コメント表示は停止中です)

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モサドがハマス幹部を殺害?

 一昨日、フジテレビの夕方ニュース「スーパーニュース」でコメント出演させていただきました。今年1月にドバイでパレスチナのイスラム強硬派組織「ハマス」幹部が暗殺された事件で、イスラエルの諜報機関「モサド」による暗殺作戦だったという疑惑が浮上したというネタで、モサドについて解説をしました。
 モサドは世界有数の情報機関として非常に有名ですが、その実態は不明な点が多いです。元職員や幹部の証言などがたまに出るので、それで関連情報が出てくることはありますが、古い話や誇張された話などもけっこうあって、なかなか現在の実態まではわかりません。いちおう公式サイトもあるのですが(http://www.mossad.gov.il/)ほとんど何も書いてません。
 モサドは正式名称を「イスラエル情報特殊作戦機関」といい、この「機関」がヘブライ語でモサドというのですが、それが公称となっています。
 公式サイトによると、モサドは49年に創設されています。ちなみに現在、イスラエルの諜報機関としては他に防諜・公安担当の「シャバク」や、軍の情報機関「アマン」などがあります。
 モサド職員は国防軍の徴募として入局しますが、実際には国防軍とはリンクしておらず、首相直属となります。職員もいわゆる階級はありません。 モサドの職員数は非公開で、80年代後半の情報だと1500~2000人ですが、さらに近年の情報には「1200人くらい」との情報もあります。
 モサドにはいくつかの部署がありますが、最大規模のものは「情報収集部」です。いわゆるスパイ活動を担当します。
 モサド情報収集部の特徴としては、世界各地のユダヤ人コミュニティに工作員を持っていることで、何世代にもわたって世襲されたスパイを持っていたりします。敵国である中東諸国などでは、現地社会に深くスパイ網を作り上げていて、CIAやMI6も一目置いているといわれています。
 また、冷戦時代から、ユダヤ人が多いソ連や東欧にも広い諜報網があって、こちらでも当時から西側諜報機関を助けたりしてきました。
 モサドの凄いところは、それだけでなく、じつは事実上の同盟国アメリカをはじめとする西側諸国、NATO、国連すらを諜報対象としているところです。イスラエルのスパイがアメリカで摘発されたりしてます。同盟国さえスパイするシビアなところは、さすが戦時国家ですね。
 モサドの他の部署としては、まず「政治活動・連絡部」があります。外国に対する政治的な工作や、外国諜報機関との連絡を担当します。FASサイトによると、たとえばモサド最大の支局のひとつであるパリ支局の場合、イスラエル大使館員にカバーした2人の地域統括者がいて、ひとりが「情報収集部」、もうひとりが「政治活動・連絡部」の担当となっているとのことです。
 モサドの海外支局は、この連絡業務があるため、たいていは代表者を大使館員カバーで出しています。日本にもいて、内閣情報調査室国際部門、警察庁警備局外事情報部、公安調査庁調査第2部などとコンタクトしています。
 ですが、モサドはその他にも、外国駐在のイスラエル人のなかに、民間人カバーの諜報員をたくさん派遣しています。金融機関やメーカー、報道機関などでもイスラエル人やユダヤ系アメリカ人などが世界各地にいますが、そういうところにモサドは浸透しています。エルアル航空の支社などは明らかに在外拠点になっています。
 さらにイスラエルでは、男女を問わず多くの若者が兵役後にバックパッカーとか英語教師とかアクセサリー売りとかで世界各地を旅行するのが一般的ですが、そんななかにも工作員が混じっているといわれています。
 その他、モサドには「特殊作戦部」もあります。これは主に外国での非公然工作(カバート・アクション)を担当します。
 この海外でのカバート・アクションをどんどんやっているのも、モサドの特徴です。世界の主要国の情報機関は、いまやバレたときの政治的ダメージを勘案して、あまりヤバいことはやらなくなってきているのですが、戦時国家イスラエルの場合、国民に「そういうのも必要だ」とのコンセンサスがあり、国内で責任を問われないので、パレスチナ過激派の拉致や暗殺などを今でもしょっちゅうやってます。特殊作戦部内には、とくに拉致や暗殺を担当する特殊チーム「キドン」というのもあるようです。
 モサドの特殊作戦で有名なのは、ちょっと古いですが、1960年のアドルフ・アイヒマン拉致と、72年のミュンヘン五輪テロに対するパレスチナ過激派「黒い9月」への報復です。アイヒマンは元ナチス親衛隊(SS)幹部で、戦後アルゼンチンに潜伏し、偽名で暮らしていたのですが、モサドがそれを探し出し、拉致したうえで、エルアル航空機でイスラエルに非合法に移送しています。
「黒い9月」のケースでは、中東各国やヨーロッパ各国に潜伏していた首謀者ら14人を、次々と発見・処刑しています。これはスピルバーグ監督の「ミュンヘン」という映画にもなっていますね。古い資料によると、こうした暗殺作戦は、首相や国防相、テロ問題担当首相顧問などが出席する「X委員会」で決定されるということですが、現在もこうしたシステムになっているのかどうかはわかりません。
 その他、パレスチナ過激派などの暗殺はたくさんやってます。ほとんど証拠はないのですが、モサドの犯行だろうといわれているものは以下です。
▽86年、イスラエル核兵器情報を持ち出した核技術者をローマで拉致(ハニートラップにかける)
▽89年、レバノンでヒズボラ(レバノンのイスラム武装勢力)指導者を拉致
▽92年、パリでPLO幹部暗殺
▽92年、レバノンでヒズボラ書記長を殺害
▽94年、ガザでハマス幹部暗殺(自動車に仕掛け爆弾)
▽95年、ガザでハマス幹部暗殺(車中から通りすがりに銃撃)
▽95年、マルタの高級ホテル前で、パレスチナ過激派「イスラム聖戦」司令官を暗殺(バイクのヒットマンが銃撃)
▽96年、ハマス軍事部門司令官を暗殺(爆弾仕込み携帯電話で)
▽97年、ヨルダンで、ハマス最強硬派幹部を毒殺しようとして失敗(この人物が現在ダマスカスを拠点にハマス強硬派を取り仕切っているハリド・メシャル)
▽2004年、シリアでハマス幹部暗殺
▽2007年、アメリカでイラン系核物理学者を暗殺
▽2008年、シリアで、ヒズボラ幹部でイラン諜報機関と連携している大物テロリストのイマド・ムグニヤを暗殺
(2000年代前半とかあまり調べてません。ちょっと時間がなかったので)

 モサドの主な部署はほぼ以上のようなものになります。
 その他、資料によって情報が一致しないので、あくまで推定になりますが、以下のような部署もあるようです。
▽情報分析を担当する「調査部」
▽諜報機材や偽造旅券などの製作を担当する「技術部」
▽プロパガンダ宣伝や欺瞞工作などを行う「心理作戦部」
▽「ユダヤ人コミュニティ担当部」
▽盗聴・監視を専門に行う部署(これは今ではおそらくシギント担当がメインと思われます)

 さて、いま問題になっているドバイでのパレスチナ過激派幹部暗殺ですが、今のところモサドの犯行である証拠はありません。
 パレスチナ過激派内ではカネをめぐる争いごとが日常茶飯事なので、犯行動機としてはカネのトラブルの可能性も考えられるのですが、今回の犯行では、イギリス、アイルランド、ドイツ、フランスなどの精巧な偽造旅券を持ち、ヒゲやカツラで変装した11人の白人の男女が、わずかの間に標的を始末し、数時間後には国外に逃走しているという鮮やかさですので、パレスチナ組織の内輪もめとか犯罪組織絡みの処刑だとかはちょっと考えにくいと思います。
 これだけのことが実行できる組織ということでは、やはりモサドの暗殺チームの犯行である可能性はきわめて、きわめて高いと考えていいでしょう。
 偽造旅券を使われたイギリスが激怒し、イスラエルに猛抗議していると報じられています。現場レベルではMI6とモサドの協力関係はきわめて深いものがありますから、まあイギリス世論向けのポーズですね。ハマス強硬派幹部暗殺なんて、イギリスにとってもいいことですし。
 以上、なんだか映画みたいな世界ですが、現実の話です。
 なお、モサドの歴史については、『ワールド・インテリジェンス』にも寄稿いただいていた防衛研究所の小谷賢さんの近著『モサド~暗躍と抗争の六十年史』(新潮選書)が詳しいので、興味のある方にはお奨めします。
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  1. 2010/02/21(日) 15:24:22|
  2. 未分類
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  4. | コメント:6
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コメント

こんにちは

こんにちは、黒井先生。私は先生編集の『ワールド・インテリジェンス』誌を7巻からやっと買い始めたのですが、10巻ですぐ廃刊となりガッカリした者です。各刊売れ切れぐらい要望が高いので残念に思っているのは私一人で無い筈。ぜひとも再開して欲しいものですが、復刊予定は無いのでしょうか?貴著の『日本の情報機関』も日本の情報機関の問題点が詳細に書かれた秀作でした。さて、モサ(ッ)ドについてですが、「公式サイトには1949年に創設」とありますが、一方で1951年創設説も強くあります。これはどういう事かというと、49年当時イスラエル首相ベングリオンが「別々に対外情報収集を行っていた各諜報機関の調整機関としてのモサッド」の初代長官にルーヴェン・シルアッフを指名したのが1949年だからです。でも、当初組織的実態が無かったというのは、50頃イスラエルの外交と諜報を結びつける象徴的人物シロアッフはヨルダンのアブダッラー国王との秘密交渉にかかりっきりであったからです。それで、当時問題が多いとされた外務省傘下で「ダアート(諜報局)」ないしは「ヘケル(調査局)」と複数の名で呼ばれた諜報機関の情報収集及び特務部門を吸収した1951年を組織的誕生の年とする専門家もいるわけです。
  1. URL |
  2. 2010/03/08(月) 22:54:29 |
  3. 道楽Q #-
  4. [ 編集]

続き

イスラエル建国前に英国MI6をモデルにした外交諜報機関のユダヤ機関政治局の中でも精鋭アラビストを集めたアラブ課はシオニスト最強の諜報機関でした。その、中心的人物がシロアッフで鋭い分析力と情報感覚の持ち主でしたが組織運営能力がゼロ。現場から上がって来る情報及び首相や外相とのアクセスを独占しようとした為に周りから反感を買った。ベングリオンは平和時ならば英国の様に対外諜報機関を外相傘下に置くのが良いと考えたが、同時にイスラエルの状況はそれを許さないので首相直属の中央諜報機関を「外交と諜報を結びつける(、つまりシオニストの英国型インテリジェンスの)象徴的人物」のシルアッフに命令し、結果として墓穴を掘らせた。知られざるモサッド史です。この辺は英語の資料が少ないのですが、イスラエルの現代史はそれ自体が諜報史ですのでヘブライ語の歴史資料を少しづつつき合わせていくと全体像が見えてきます。あと、「モサッド最大の支局のパリ支局」とはハガナーの情報局の(1947年に出来た)ヨーロッパ支局の後継である「ダアート(諜報局)」のB(作戦部門)の所在地がパリだったところから来ています。
  1. URL |
  2. 2010/03/08(月) 23:25:27 |
  3. 道楽Q #-
  4. [ 編集]

さらに続き

今回のドバイの件ですが、思い当たるのは諜報ジャーナリストのゴードン・トーマスが著書で指摘しているように、ネタンヤフが前回の首相時に諜報のディーテールに首を突っ込みすぎて混乱をきたした事。前回もネタンヤフに命令されたモサッドはハマス政治局局長ハリド・メシャルを暗殺しそこない要員はヨルダン当局に逮捕された。それで結局ネタンヤフははヤシン師を解放せざるをえなかったのですが、今回もネタンヤフの強引さにモッサドの緻密さが歪んでしまっているような気がします。諜報機関も政治家のエゴには勝てない?
  1. URL |
  2. 2010/03/08(月) 23:39:25 |
  3. 道楽Q #-
  4. [ 編集]

コメントありがとうございます

道楽Q様 詳細な情報をありがとうございます。
 ドバイの件ですが、英紙サンデータイムズも書いてましたが、モサドの暗殺班の作戦は首相が認可していたようなので、ネタニヤフだからこそという指摘はその通りだろうと思います。違う政権だったら、政治的判断でゴーサインは出ていない可能性が高いでしょう。
 ですが、作戦そのものは、私はかなりよく練られたものだと考えています。監視カメラのおかげで顔と偽名がバレていますが、そのあたりは当然織り込み済みのはず。要は味方が全員逃げ切れば、テロとしては成功ということになるかと思います。今のところ、ですが。
  1. URL |
  2. 2010/03/10(水) 21:12:39 |
  3. 黒井文太郎 #-
  4. [ 編集]

お返事ありがとう御座います

黒井先生、ご丁寧にお返事頂きましてありがとう御座います。安全保障分野に関してイスラエルのメディアは形骸化した検閲を守っているので、事実を知っていても英国の報道などの後追いをするという形になりますが、だからといって毎回英紙サンデータイムズなどの報道が正確とわ限りません。「モサッド暗殺班を首相自ら送り出した」とかいう報道に関してイスラエル国営テレビのニュース番組でモサッド元作戦部門の幹部が「そんな事があるわけない」と一蹴したという事を付け加えておきます。尤も事実は謎ですが。ネタンヤフの問題は作戦に不用意に「口出し」する事で、その点が前首相オルメルトと違う。今回のドバイ当局の露出作戦で「モッサドの中のモサッド」と呼ばれる作戦部門キドンのメンバーのうち3分の1の要員が知られてしまったと言われており、この打撃はモサッドにとって相当重い筈です。これは人的諜報を得意とする諜報機関にとっては歴史的転換地点。イスラエルの政治討論テレビ番組などでは、「生物学的入国管理システムを混乱させるような技術が現実化しつつあり、それでハイテク防諜に対抗する。」というような事が話し合われています。
  1. URL |
  2. 2010/03/11(木) 03:11:48 |
  3. 道楽Q #-
  4. [ 編集]

再コメントありがとうございます

道楽Q様 重ねて詳細な情報をありがとうございます。
恥ずかしながら、今回手配された人員がキドンの3分の1に相当するということは知りませんでした。
文面からイスラエル在住の方とお見受けしますが、今後ともよろしく御教示をお願いいたします。
  1. URL |
  2. 2010/03/12(金) 11:27:53 |
  3. 黒井文太郎 #-
  4. [ 編集]

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ミュンヘン エリック・バナ

2005年 アメリカ 1972年に実際に起きた惨劇「ミュンヘンオリンピック事件」とイスラエル政府がこれに対して行った報復劇で、パレスチナの指導者の暗殺計画を映像化したもの。これは
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プロフィール

黒井文太郎

Author:黒井文太郎
 63年生まれ。『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、現在は軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(とくにイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。

 著書『ビンラディン抹殺指令』『アルカイダの全貌』『イスラムのテロリスト』『世界のテロと組織犯罪』『インテリジェンスの極意』『北朝鮮に備える軍事学』『紛争勃発』『日本の情報機関』『日本の防衛7つの論点』、編共著・企画制作『生物兵器テロ』『自衛隊戦略白書』『インテリジェンス戦争~対テロ時代の最新動向』『公安アンダーワールド』、劇画原作『実録・陸軍中野学校』『満州特務機関』等々。

 ニューヨーク、モスクワ、カイロに居住経験あり。紛争地域を中心に約70カ国を訪問し、約30カ国を取材している。




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