ワールド&インテリジェンス

ジャーナリスト・黒井文太郎のブログ/国際情勢、インテリジェンス関連、外交・安全保障、その他の雑感・・・(※諸般の事情により現在コメント表示は停止中です)

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ロシア取材の実態

 先日、コメント欄に「ロシアでの機密文書公開」に関して投稿いただき、自分がかつてモスクワに居住していた頃の話をレスポンスしました。そこで今日は、当時のロシア取材の実態について少し書いてみます。
 先日、『戦後秘史インテリジェンス』で私は「KGBの日本人エージェントは誰だったのか」という記事を書きましたが、私がロシアにいた90年代初頭というのは、正直言ってそういう怖いイメージはまったくありませんでした。私は多くの怪しげなロシア人に日々接触していたので、そのなかには情報機関員やその協力者も当然いたと思いますが、たとえば金銭や女で取り込みを図られたことは一度もありません。
 ニュースの「ネタ」を提供されたことは多々ありますが、リクルートのための餌というよりは、ビジネス上の「売り物」として提示されたかたちです。当時の私はまだ20代の最下層のフリーランスだったので(今でも変わりませんけど)、軽く見られたということは当然あるのでしょうが、それよりも、私の感触では、情報機関員なども含めて、当時は「すべてのロシア人がサバイバル競争下におかれ、剥き出しの拝金主義にどっぷり浸かっていた」状況だったように思います。
 冷戦構造が音を立てて崩壊していったあの時代、モスクワ発のニュースは毎日のように日本の新聞・テレビ・雑誌に溢れていましたが、そのほぼ100パーセントが金銭報酬で売られたネタといって過言ではないと思います。これは雑誌のケースに限らず、大手のテレビ局や新聞社も事情は変わりません。なにせ、とくにVIPでもない人物相手の普通の取材でも、まずは謝礼交渉からスタートとなるくらいです。今の脱北者証言ビジネスみたいな感じですね。
(日本でも似たようなことはあります。たとえば、私はかつてかの731部隊の生き残りに取材を申し込んだところ、謝礼金が折り合わなくて取材を断念した経験があります。1時間の取材に5万円を要求されました。それはこちらの都合でわざわざ時間を割いていただくわけですから、1~2万円くらいの謝礼は当然と思いますが、5万円はボッタクリですよね。テレビの取材だったので取材費は充分にあったのですが、なんか心情的に許せませんね。731関連の報道では当時よく出てきていた「語り部」的な人物です。「語り部」ビジネスなんですかね)
 でも、逆に言えば、90年代当時のロシアではドルがあればたいていのことは可能でした。「機密文書」だけはさすがにガードが固く、欧米メディアも含めて外貨パワーでもほとんど流出しませんでしたが、いわゆる「関係者証言」であれば、たいていのVIPまでビジネスと割り切ってホイホイ応じていました。一介のフリーだった私でさえ、さすがにエリツィン本人は無理でしたが、コワレンコ元共産党国際部副部長(元日本課長)、ハズブラートフ最高会議議長、イサコフ連邦会議議長、バシャノフ共産党国際部顧問、アルクスニス「ソユーズ」議長(極右勢力のリーダー格)、ムラショフ・モスクワ市警察長官、クナーゼ外務次官、パノフ外務省太平洋・東南アジア局長(後、日本大使)などと会見したことがあります。ほとんどカネの力ですけど。
 金額面で叶いませんでしたが、エリツィン夫人のインタビューという企画も、エリツィン側近のユマショフという男の仲介でもう一歩のところまでいきました。このユマショフという男は、当時は『アガニョーク』という雑誌の副編集長でしたが、エリツィンの手記のゴーストライターだった関係でエリツィン・ファミリーに食い込み、後に大統領府長官にまで出世しています。
 彼はたいへんカネに汚い男で、部下の記者を使って日本のメディアで相当カネ儲けしていました。この部下の記者は、ロシア・マフィア絡みのネタにたいへん強い男で、日本の複数のジャーナリストの取材コーディネーターをやっていましたが、後に不審な交通事故で死亡しています。マフィアに殺されたのではと、もっぱらの評判でした。ちなみに、この記者をとりあって、日本の某フリージャーナリストとカメラマンが内ゲバ状態になった話(要するに、そのジャーナリストに起用されたカメラマンが、ちゃっかり同じコーディネーターを使って別途取材し、より凄い記事をモノにしちゃったため、ジャーナリストが激怒したということでした)は、われわれライター仲間では語り草になっていました。
 いずれにせよ、当時のモスクワでは、日本のメディア(雑誌、テレビ、新聞まで含む)が大金をバラ撒いていて、それを狙ってロシア人側が日本のメディアにネタを売ろうと殺到するという構図が出来ちゃっていました。そういう意味では当時、クレムリンにもっとも食い込んでいたのは、日本のある大手メディアの特派員でした。CNNや『ニューズウイーク』の特派員、それに先述したユマショフにさえ、「あの男はやり方がえげつない」と悪口を言われていましたが、逆に言えば世界のメディアに一目置かれていたわけで、それは日本人記者としてはたいしたものです。
 いろいろ笑い話的な裏話もあります。著名な日本人国際ジャーナリストが独自ルートでVIP取材したとか称しているのが、実際には現地コーディネーターがひたすら電話をかけまくってたまたま繋がっただけだったとか、テレビ局でVIPの出待ちをして声をかけたのを独占取材と称したとか……。まあ私も似たようなことは散々やってるので他人を笑えませんが。
 そんな同業者の話をどうしていろいろ知っているのかというと、日本メディアのカネを求める現地のコーディネーターたちが、当時モスクワに住んでいた私のところに集まっていたからです。ロシア紙記者、日本語通訳、英語通訳、役人や研究者(日本関係の役人や研究者がアルバイトでそういうことを盛んにやってました)といった人たちですね。私は当時、「モスクワ在住ジャーナリスト」とかカッコよく名乗って記事を書いたりしていましたが、実際には自分でネタを発掘するなんてことはほとんどやってません。ネタを日本の雑誌やテレビ局に卸す、いわばネタのバイヤーのような立場でした。カッコ悪いですね。
 それはともかく、ここで私が言いたいのは、私がダメ記者だったということではなく(それも事実ですけど)、おそらく情報機関関係者も含まれていたであろうそのコーディネーターたちが、いずれも大金を稼ぎまくっていたという事実です。私の知っているロシア人たちは、ごく短期間のうちにモスクワ中心部にアパートを買い、郊外にダーチャ(別荘)を買い、日本車を複数台乗り回す身分になっていました。というのも、当時ロシアではルーブルの実勢レートが大暴落し、庶民の月収が1万円以下くらいにまでなっていたのですが、そんなときに、日本メディアからは1日1万5000円とか2万円とかの通訳料や、1件数十万円もの巨額のコーディネート・フィーが支払われていたからです(私自身、ある取材で50万円以上をバラ撒いたことがあります。他の人ですが、数百万円をつぎ込んだ例も知っています)。つまり、日本メディアはまるで打ち出の小槌みたいな黄金の利権だったわけですね。
 守旧派も改革派も、極右も極左も諜報機関もマフィアも、そういう状況ですから、みんなカネ目当てで日本のメディアとは付き合っていたのだろうと思います。あの時代、じつに胡散臭いロシア人がたくさん日本メディアと関係していましたが、日本人記者が情報機関にリクルートされたとかいう噂話はまったく聞いたことがありません(それより、元KGBがCIAに寝返ったとかいう噂はたくさんありました)。
 そういう時代がソ連末期からエリツィン時代のロシアにはあったため、私はSVRやFSBといっても、つい「どうせ腐敗した連中なんだろう」という目で見てしまいます。先入観なのはわかっていますが、あれほど銭ゲバだった人々がそう簡単に更生するかなあとも思うわけです。
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  1. 2009/05/15(金) 11:09:48|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:1
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コメント

先日、コメント欄に「ロシアでの機密文書公開」の質問をした者です。遅くなりましたが、
丁寧なお返事ありがとうございます。

ロシア取材の実態も興味深いお話ですね。

当時は学生でしたが、ロシア関係のニュースを噛り付くようにチェックしていた者として、
ロシア報道の熱気が思い出されます。

わたしは、TBSの金平茂紀さんの「世紀末モスクワを行く」というコーナーが好きでした。
NHKの小林和男さんもよくレポートされてましたね。

後に金平さんが「ロシアより愛をこめて」という本を出版されてそれを読んだのですが、
ロシア人スタッフの管理に苦労(人材確保・人間関係・金銭など)したことや、挙句に支局の車を盗まれたり、アンテナまで盗まれて仕事どころではない様が書かれており、裏では苦労されていたんだと思いました。

そんな時代のロシアに黒井さんもいらっしゃたんですね。今となっては歴史的にも貴重な証言です。お暇な時でいいので、ロシア時代の回想をもっと読んでみたいです。
(もしかして週刊文春のスクープも関係しているのでしょうか?)

佐藤優さんや米原万里さんもいて、今から振り返ると日ロ関係
はいろいろな人が活躍していた時代だったんですね。

『インテリジェンス戦争』、『戦後秘史インテリジェンス』購入し今読んでいます。
特に「影の軍隊」伝説の真相が読み応えがありました。
ただ今でも話せないことがもっとあるのでしょうね・・・・

長い文章で申し訳ございませんでした。
お仕事がんばってください。










  1. URL |
  2. 2009/05/17(日) 07:07:09 |
  3. ヨッシー #-
  4. [ 編集]

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  1. 2009/05/16(土) 03:08:46 |
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プロフィール

黒井文太郎

Author:黒井文太郎
 63年生まれ。『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、現在は軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(とくにイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。

 著書『ビンラディン抹殺指令』『アルカイダの全貌』『イスラムのテロリスト』『世界のテロと組織犯罪』『インテリジェンスの極意』『北朝鮮に備える軍事学』『紛争勃発』『日本の情報機関』『日本の防衛7つの論点』、編共著・企画制作『生物兵器テロ』『自衛隊戦略白書』『インテリジェンス戦争~対テロ時代の最新動向』『公安アンダーワールド』、劇画原作『実録・陸軍中野学校』『満州特務機関』等々。

 ニューヨーク、モスクワ、カイロに居住経験あり。紛争地域を中心に約70カ国を訪問し、約30カ国を取材している。




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