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ジャーナリスト・黒井文太郎のブログ/国際情勢、インテリジェンス関連、外交・安全保障、その他の雑感・・・(※諸般の事情により現在コメント表示は停止中です)

生物毒素「リシン」を使用した過去のテロ事件

▽猛毒リシン入りの封書相次ぎ発見、米当局が事情聴取(cnn)
だそうです。

 過去、リシンを使ったテロ計画事例はそれほど多くはないのですが、拙編著『生物兵器テロ』(ジャーナリスト・村上和巳氏と私の共著)から、過去事例を紹介します。

▽ミネソタ愛国者評議会
 95年5月18日、アメリカ・ミネソタ州セントポールの合衆国連邦地裁は、同州スウィフト郡セダンに住むダグラス・アレン・ベーカーに対し、有毒物質リシンを所持し、テロ活動を準備したとして、懲役2年9月の実刑判決を言い渡した。これにより、ベーカーは89年に成立した「生物兵器テロ防止法」の適用第1号となった。
 ベーカーは92年に、レロイ・チャールズ・ホイーラー、デニス・ヘンダーソン、リチャード・オールリッチらとともに逮捕されていた。ベーカーも他の面々も、納税に強く反対しているミネソタ州アレキサンドリアの極右組織「ミネソタ愛国者評議会」の同志だった。
 同組織は極めて小規模の組織だったが、メンバーの一部には、74年にリチャード・バトラーを中心にアイダホ州で結成された白人至上主義過激極右組織「アーリア人国家」との関係が指摘されていた。「アーリア人国家」は、対有色人種、対ユダヤ人を前面に出す一方、反妊娠中絶なども掲げて病院や人権団体へのテロを行なっている組織として知られている。「クー・クラックス・クラン」(KKK)や、いわゆるミリシアとも近い。
 ベーカーらは、所持していたリシンで国税庁職員、連邦裁判所の執行官、法定執行官などの暗殺を企てていたとされる。発覚のきっかけは、ベーカーの妻による密告だった。
 連邦捜査局(FBI)に検挙されたとき、ベーカーが所持していたリシンはわずか0・7グラムだったが、理論上は皮下注射で体重50kgの人間を200人殺すことが可能な量である。
 ベーカーらはとくに微生物学の教育を受けた経験はなかったが、前述のようにメイナード・キャンベルの著書『Silent Tools of Justice』を教本として、リシン抽出に成功した。次に狙ったのは、ボツリヌス毒素の入手だったが、これは失敗している。

▽ブルガリア秘密警察
 78年9月8日、ロンドンで亡命ブルガリア人作家ゲオルギー・マルコフが原因不明の症状で病院に運び込まれた。医師による懸命の治療にもかかわらず、9月11日に息を引き取った。
 マルコフの妻によると、彼は死亡する4日前にテムズ川にかかるワーテルロー橋の南側でバスを待っていたとき、見知らぬ男に背後から右大腿部に傘の先端を突き刺されたという。傘を刺した男はマルコフに詫びながら、慌ててその場でタクシーを止めて立ち去ったが、マルコフは「タクシー運転手は男との会話に苦労している様子だった。彼はたぶん外国人だろう」と妻に語っていた。その夜、マルコフは高熱を発し、翌日、妻が病院に連れて行なったのだった。
 マルコフの友人たちは、彼が暗殺されたのではないかと疑いはじめた。というのも、当時マルコブは、CIAが設立した共産圏に向けた反共ラジオ放送「自由ヨーロッパ」のアナウンサーとして働いており、ブルガリア政府を痛烈に批判していたからだ。
 また、そのわずか1ヵ月前、やはりフランス在住の亡命ブルガリア人で西ドイツのラジオ放送局やBBCブルガリア語放送を担当していたウラジミール・コストフも、地下鉄駅で同じように傘で背中を刺されていた。コストフの場合は、高熱と意識混濁の症状を示したが、病院で背中に刺さっていた金属片を摘出し、かろうじて一命を取りとめていた。
 ロンドン警視庁法医学研究所による検死の結果、マルコフの大腿部の傷跡から極小の金属球が発見された。金属球の中心部はさらに微小な穴が貫通しており、空洞内の面積はわずか0・028平方ミリメートルという精巧な構造になっていた。
 パリでの事件を聞きつけ、ロンドン警視庁がコストフの事件で使われた金属球と併せて鑑定した結果、2つは同じ物であり、しかもコストフに使用された金属球に残留していた粉末を分析したところ、この物質がヒマ(トウゴマ)の種子から抽出される猛毒蛋白質リシンであることが判明した。
 つまり、傘の先端にこの金属球を詰め、銃のように対象に撃ち込むと、相手の体内でリシンが溶け出して死亡するという仕組みだったのだ。
 真相が明らかになるのは、94年に元KGB幹部だったオレグ・カルーギンが出版した『The First Directorate』(St Martin,s Press:New York)によってである。このなかでカルーギンは、ブルガリア秘密警察がリシンによるマルコフ、コストフの暗殺計画を実行した可能性が高いことを指摘したのだ。
 その根拠とされたのが、まさに2人を襲った同じ暗殺兵器が、KBGの協力のもとで、ブルガリア秘密警察によって完成されていたということだった。犯行の直接の証拠とはいえないが、このような暗殺方法は他にみられないため、かねて囁かれていたブルガリア秘密警察犯人説に、この暴露本は裏付けを与えたといえる。

▽KGBによるソルジェニーツィン暗殺未遂
 92年、ロシア情報紙『Sovershenno Sekretno』(トップ・シークレット)は、KGBがノーベル文学賞作家アレクサンドル・ソルジェニーツィンを生物毒素のリシンで暗殺しようとして失敗していたと報じた。
 ソルジェニーツィンは、スターリン時代に流刑も経験している反体制派の大作家であり、74年には反ソ連活動の罪で国外追放となったが、暗殺計画が実行されたのは、その前の71年8月のことだったという。
 暗殺チームの責任者はKGBのボリス・イワノフ中佐。チームは、ノボチェルカスクのデパートに立ち寄ったソルジェニーツィンに対して毒素を吹きかけた。その後、ソルジェニーツィンは原因不明の症状で長期間にわたり療養生活を強いられた。ソルジェニーツィン本人によると、事件があった当日、左半身の皮膚全体に激しい痛みを感じたが、翌日以降その左半身全体に水泡が生じ、大きいものでは15cmほどの大きさになったという。
 また、当時のソルジェニーツィンの主治医も「原因はわからず、なにかの激しいアレルギー反応のようにみえた」と語っている。
(※ただし、『Sovershenno Sekretno』情報の信憑性については不明である)
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  1. 2013/05/31(金) 13:10:06|
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プロフィール

黒井文太郎

Author:黒井文太郎
 63年生まれ。『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、現在は軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(とくにイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。

 著書『ビンラディン抹殺指令』『アルカイダの全貌』『イスラムのテロリスト』『世界のテロと組織犯罪』『インテリジェンスの極意』『北朝鮮に備える軍事学』『紛争勃発』『日本の情報機関』『日本の防衛7つの論点』、編共著・企画制作『生物兵器テロ』『自衛隊戦略白書』『インテリジェンス戦争~対テロ時代の最新動向』『公安アンダーワールド』、劇画原作『実録・陸軍中野学校』『満州特務機関』等々。

 ニューヨーク、モスクワ、カイロに居住経験あり。紛争地域を中心に約70カ国を訪問し、約30カ国を取材している。




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