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ワールド&インテリジェンス

ジャーナリスト・黒井文太郎のブログ/国際情勢、インテリジェンス関連、外交・安全保障、その他の雑感・・・(※諸般の事情により現在コメント表示は停止中です)

シリア治安機関・秘密警察の系譜

 前エントリーで、シリア治安機関にいろいろな名前が出てきましたので、私にわかる範囲で解説します。すべて判明しているわけではなく、さまざまな研究資料をもとにしていますので、下記には一部推定も含まれています。

 いま現在、国民を虐殺しているシリアの治安機関・秘密警察は、大きく分けると「総合情報局」(ムハバラート)と「内務省」の2系統があります。総合情報局は大統領直属の強大な秘密警察で、シリアでは裏の権力をいちばん握っています。
 総合情報局の下には、いくつも秘密警察セクションが設置されています。「軍事情報部」(ムハバラト・アスカリエ)、「政治治安局」(アル・アムン・アル・シアセ)、「空軍情報部」(イダーレト・ムハバラート・アル・クワト・アル・ジャウィーア)、「秘密事務局」(アル・マクタブ・アル・スリ)、「内務治安部」(フルウ・アル・アムン・アル・ダーヒリ)、「政府治安局」(アル・アムン・ダウレ)、「民族治安局」(アル・アムン・アル・カウミ)、「情報部」(フルウ・アル・マルマト)、「海外情報局」(ムハバラト・アル・ハーリジ)、「捜査部」(フルウ・アル・ブフース)、「パレスチナ部」(フルウ・ファラスティーン)、「対テロ部」(フルウ・ムカファハト・アル・エルハーブ)、「212部」「911部」「215部隊」などがあるようです。
 各部局の詳細まではわかりませんが、このうち、とくに軍事諜報機関兼軍内秘密警察である「軍事情報部」、公安政治警察の「政治治安局」、独立系の秘密警察兼諜報機関である「空軍情報部」などは、それぞれ独自の指揮系統を持っていて、大統領に直結し、互いに忠誠を競い合っています。このあたりの仕組みは、独裁を磐石にするために先代のハフェズ・アサド前大統領が築き上げたものです。
 ちなみに、なぜ空軍情報部がこんなポジションなのかというと、先代ハフェズがもともと空軍司令官出身で、最高権力に就いた後も、秘密警察のなかの対抗馬として、空軍情報部に独自の諜報活動・公安活動の権限を与えたからです。なので、空軍の情報セクションなのに、実際は空軍司令官ではなく、大統領に直結しています。
 空軍情報部はハフェズ時代から、旧ソ連のKGBと密接な関係があるといわれていました。実態はよくわからない部分も多いのですが、かつてはパレスチナ関係やテロ支援などの海外工作などでも暗躍していたとみられています。現在は国内で反体制分子の密殺なども行っているといわれ、空軍情報部の管理する政治犯収容所に入ると「生きては出られない」と噂されています。
 また、軍事情報部も独自の強力な機構を持っています。現在は軍副参謀長となっているバシャールの義兄のアセフ・シャウカトは、長くこの軍事情報部長を務め、軍・治安機関全体に睨みを利かせていました。軍事情報部は、総合情報局本体に匹敵する権限と陣容を持っています。
 政治治安局は、さしずめ「武装した特高警察」といったところです。政府高官でさえ震え上がる公安警察の最上位になります。

 他方、内務省系には一般の警察と、公安警察である「総合治安局」(アル・アムン・アル・アーム)があります。一般の警察も、諸外国の警察のような感じではなく、要は独裁体制のための公安警察そのものです。武装した治安部隊があります。
 総合治安局は、一般警察より上位の公安警察で、こちらも治安部隊があります。日本政府の資産凍結リストでは国家治安局となっていますが、局長の氏名からすると、おそらくこの総合治安局のことだろうと思います。
 総合治安局には、メインのセクションが3つあります。「国家治安部」(シュエバト・アル・アムン・アル・ワタニ)、「海外治安部」(シュエバト・アル・アムン・アル・ハーリジ)、「パレスチナ関連部」(シュエバト・アル・シュウン・アル・ファルスティニヤト)です。他にも細かな部局がいろいろあるようですが、詳細はよくわかりません。
 なお、総合情報局と総合治安局で、似たような名称の部局がいくつもあって、似たような任務を担当していますが、それも裏権力を分散させ、互いに牽制させることで独裁を守るための措置です。ただし、大統領直属の総合情報局のほうが、内務省系の総合治安局よりもずっと格上になります。

 現在、デモ隊を弾圧する中心になっているのは、総合治安局の国家治安部です。ここが私服要員に加え、武装した制服治安部隊も投入して、デモ隊を襲撃しています。
 また、総合治安局は、体制派民兵と一般警察部隊を現場で指揮しています。体制派民兵の主力は、私服のゴロツキ集団である「シャビーハー」(亡霊)ですが、その他に、西部アラウィ派エリアを地盤とする戦闘服姿の武装グループもあって、「フルカト・アル・マウティ」(死の部隊)と名乗っています。一般警察もデモ隊の弾圧の前線に駆り出されています。弾圧場面映像で「POLICE」と書かれた制服を着ているのは、すべて一般の警察になります。
 総合治安局はもともと独裁維持のための公安組織なので、市民弾圧はいわば本来の任務になります。ですが、一般の警察官にはそうでない人も少なくありません。なので、総合治安局の要員は、一般警察を監視する役目も負っています。
 他方、総合情報局系の組織は、街角でデモ隊を蹴散らすというよりは、反体制分子を逮捕・拷問することがメインです。しばしば20人くらいのグループで1人もしくは数人の標的を密かに拉致するという活動を盛んに行っています。国民も、一般警察や総合治安局に逮捕されただけならまだいいほうで、総合情報局系の秘密警察に逮捕された場合、非常に危険な状況に陥ってしまったことになります。
 ところで、街角でデモ隊を弾圧・虐殺する主役は、シャビーハ、一般警察、総合治安局になりますが、彼らで対応できない場合、軍が出動となります。ただし、一般の軍はあまり信用されていないので、軍の後ろに大統領の弟が指揮する精鋭部隊が配置されることがよくあります。共和国防衛隊と第4機甲師団です。
 アサド政権がいちばん恐れているのは、政府軍の内部から反乱する者が出てくることで、そのため精鋭部隊は一般部隊の監視の役目も果たしています。各部隊の上級幹部はむろん、軍事情報部の監視も受けます。こうした二重三重の監視体制のため、シリア軍内部からの大掛かりな反乱は抑えられています。
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  1. 2011/09/10(土) 00:50:46|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

シリア情報機関の詳細、とても興味深いです。

これまで、シリアのインテリジェンス機関について、私の知る限り最も詳しい日本語文献は、東京外国語大学の青山弘之氏の研究でした。黒井様の今回のエントリーはそれより詳しい紹介で、とても読み応えがありました。

今度のプレ内戦(内戦そのもの?)状態で、軍・治安警察機関の動向が注目されました。
エジプトで軍が動かなかったのと違い、シリアではアサド一族が軍も信用せず、監視していたことが大きいのかもしれないと思います。

今後も、各国のインテリジェンス機関の情報、楽しみにしています。
  1. URL |
  2. 2011/09/10(土) 20:51:33 |
  3. sin #-
  4. [ 編集]

これまで少々古い資料しか持っていなかったのですが、今回の騒動で比較的新しい情報が出てきました。ですが、現職・元職の機関員が実名で証言したわけではなく、それぞれ信憑性をすべて確認できたわけではないので、エントリー冒頭に書いたように、一部推測を含みます。新たに情報を得たら、随時アップしたいとは思うのですが。
  1. URL |
  2. 2011/09/12(月) 01:42:45 |
  3. 黒井文太郎 #-
  4. [ 編集]

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プロフィール

黒井文太郎

Author:黒井文太郎
 63年生まれ。『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、現在は軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(とくにイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。

 著書『ビンラディン抹殺指令』『アルカイダの全貌』『イスラムのテロリスト』『世界のテロと組織犯罪』『インテリジェンスの極意』『北朝鮮に備える軍事学』『紛争勃発』『日本の情報機関』『日本の防衛7つの論点』、編共著・企画制作『生物兵器テロ』『自衛隊戦略白書』『インテリジェンス戦争~対テロ時代の最新動向』『公安アンダーワールド』、劇画原作『実録・陸軍中野学校』『満州特務機関』等々。

 ニューヨーク、モスクワ、カイロに居住経験あり。紛争地域を中心に約70カ国を訪問し、約30カ国を取材している。




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